なんちゃって建もの探訪
〜 椎名林檎さん「黒猫堂」を訪ねる 〜

“閑静な住宅街に、ひっそりと佇む日本家屋。
今日は、畳の上で創作活動を行っていらっしゃいます、椎名林檎さん宅を訪問します”


●いやあ…、この立派な床柱…昔の香りを今に残す、とでも申しましょうか。
椎名 ええ、日本人ですからね。どうせ住むなら麻布の高級マンションより、ポルターガイストの一つや二つ起こりそうな家が好きで。川端康成先生ですとか、こう、“館に籠もって”というイメージがありますよね。ひなびた温泉宿の一室、着物姿で原稿用紙と戯れるような。私も音楽を創るにあたり、制作に没頭出来る環境はないだろうかと考えておりましたところ、此の黒猫堂という館に辿り着いた訳です。
●しかし、このような和風建築と最先端の音楽という組み合わせも意外に思うのですが。
椎名 そうですね。歌声を録音したり様々な楽器を演奏するためには、少なからず防音/遮音/吸音などの設備が整っていなければなりませんし、和風建築でスタヂオを…と考えるならば、最初から頑丈な鉄筋で出来た建物の中にスタヂオを構える、あるいは時間貸ししている所を使った方が集中出来るのかも知れません。ですが、設備は素晴らしいけれども機械的で無機質なレコーディングスタヂオより、柱や障子など自然の温もりが感じられる場所で音楽を創れるというのは、ごく自然体で居られますし、とても幸福な事だと実感しております。黒猫堂スタヂオという私個人の作業領域に居て、ふと子供の事が気になっても、同じ建物ですから側にいることが出来ますし…。とても落ち着ける場所です。
●最近よく「なんちゃって」ですとか「ある意味」とか、林檎語録なる物が話題になっていますが。
椎名 私は語録にするために言葉を選んでいる訳ではないのですが、ファンの皆様が好んで使われているというのは存じております。ですが…、「或る意味」には「或る意味」があるんです。
●というのは?
椎名 私が以前に発表させて頂きました「下剋上エクスタシー」というDVDの中で、「或る意味ロック」と連呼致しました。ツアーのバスの中で、メンバーやらスタッフが、誰かが持ち込んだ兎の被り物を被った様があまりに可笑しかったからなんですが。其の時の滑稽な姿は、私から見たら“大変にロックンロール”していた訳です。でも、周囲が見たらどう感じるのか。私とは違う捉え方をするかも知れない。なので私は「或る意味ロック、或る意味、或る意味ね」と、思わず笑ってしまいまして。
●パブリシティ、という奴ですか。
椎名 仰る通りです。“なんちゃって”というのは、「唄ひ手冥利・其の壱/其の弐」の様な事例に該当するのですが、私がある憧れのアーティストの曲をカバーした場合、其のものズバリではコピーと同じだと思うんです。でも、どうしても歌いたい歌がある時には、本家に“なりきる”しかない。被り物と同じです。でも、結局は本家と同じではない。それ故に“なんちゃって”ですとか“ひょっとして”とか、“私はこう思うけれども本家のファンの皆様がどう取るか”。私一人が自分の部屋で唱っているなら何も気にする事はありませんが、商業音楽の広い世界で創作物を発表させて頂いている以上、聴いた人の数だけ受け取り方も違う。そういう意識を常に持つこと。それが、パブリシティだと思うんです。
●「病床パブリック」という曲がありますが、あれにも意味がある訳でしょうか。
椎名 はい。病床とは、病の床ですよね。場合によっては死の淵だったりもしますが、今日、病床と言えばほとんどが病院のベッドだと思うんです。白衣を着た看護婦さんが注射器持っている世界。病院も、国立も私立も御座いますけれども、公共性の高いものですので。
●関連性がある、と。
椎名 そうです。“どうせあたしの人生 語呂合わせなんだもん”というのも歌詞に載せましたけれども、語呂合わせでもあり、また関連づけでもあるんです。相対性理論という小難しいお話がありましたけれども、其の理屈と理論を手元のMacintoshで検索しておりましたところ、同じ事だというのが理解出来まして。
●相対性理論、アインシュタインですか。どのような?
椎名 一見すると仰々しいタイトルですよね。私のアルバムみたいな(笑)。でも、あのお方が主張したかった根本は「此の世の中に、常に静止している一点はない」。それだけだったんです。森羅万象・宇宙の拡がり。全て、まだ人類は把握していませんよね。でも、其の中で判っているのは、此の黒猫堂スタヂオは地球の上にある。其の地球は、太陽から見たら周回軌道上を廻っている。其の太陽を含む太陽系は、銀河系の中を廻っている。其の銀河系もまた…という果てしのないお話でして。“相対的”という意味では、私と渡辺さんの位置関係も同じです。今は真向かいで座っておりますけれども、私が立ち上がって少し移動すれば、渡辺さんは一切動かずとも互いの距離や方向は変わりますよね。
●あぁ……、確かに。難しい事柄も、そう考えると解りやすいですね。
椎名 ええ。それを理解した時に私は、人と人との関連性も全ては“相対的な物”だと思いました。ですから極力、断定口調では述べたくない。そういう理由がありまして。原因があって結果がある。私はこういう経験をしたから、今此のお話をしている。それが貴方に取ってどう感じるかは貴方次第ですよ、そういうメッセージをお伝えするべく、日夜一人芝居と自作自演に勤しんでいる訳です。
●ところで、向こうにお風呂が見えるんですが。
椎名 あ、気づきましたね。渡辺さん、最初からそれが目的…いえ、目当てだったんでしょう(笑)。いいですよ。“空のお風呂があったら先ず入っておけ”が、渡辺さんのお仕事・本分ですものね。どうぞ御自由に。
●いやあ、すみません。後でゆっくり浸からせてもらいます(笑)。それから「固有名詞の連呼」というのも、巷でよく言われますが。
椎名 そうですね。「歌舞伎町」ですとか「品川埠頭」。これらは固有名詞であり、パブリシティの表現です。例えば初対面の人が突然、地元の人間しか知り得ない言葉を口にしたら驚きますよね。
「きなせや音頭を歌っているのは三橋三智也らしい」とか「五泉ファミリーボウルで卓球」とか「蒲原鉄道とママチャリで勝負するのが男」とか「早出川で溺れかかる青春」とか「咲花温泉で湯あたり」とか「♪せせらぎに 想い浮かべて 佐取舘」とか「ファミリーデパート・ハヤカワ」とか。ハヤカワはとっくに潰れちゃいましたけれども。……すみません、話が五線紙もとい五泉市に脱線しました。
 それで、此の人も同じ土地で暮らしていた、或いは何かの縁があった事が解って親しくなる。私がある固有名詞を持ち出す事で、ある人は「椎名林檎という人は、それを知っている。そこを知っている。使った事がある、行ったことがあるのかも知れない」。そう感じて欲しかった訳です。百道浜であり、室見川である。共鳴・共感です。グレッチです。
●これまたよく言われる「シンメトリー」というものについては。
椎名 はい。ファンの皆様が、表現方法の一つとして好んで使っておられるようですが…。シンメトリーという思想が私の中にはある。それに則って動いている。其の表現です。
●具体的には?
椎名 「勝訴ストリップ」を出させて頂きました際に、曲の表題が左右対称だという事をファンの皆様や評論家の方々が理解して下さいました。虚言症に対して依存症。弁解ドビュッシーに対して病床パブリック。「罪と罰」。これも左右対称ですし“かんむり”も同じですよね。そして罪も罰も、悪事や裁きなどに繋がる“いけないこと”、という意味を含みますよね。「加爾基 精液 栗の花」の中央に位置している「茎」もそうです。多少の高低があっても、構造としては左右対称・シンメトリックな文字ですので。
●なるほど。“構造としては左右対称”ですか。
椎名 そうです。此の考え方ですと、芸能界には左右対称な方が数多くいらっしゃいます。三谷幸喜さん、水谷豊さん、山本未來さん、杏さん、東出昌大さん、吉田羊さん、栗田貫一さん、宮本亜門さん、杏里さん、水森亜土さん、西田尚美さん、小西真奈美さん、豊田真奈美さん。もし「子」という字が、象形文字などの太古に左右対称であったと仮定すれば、小林幸子さんや森昌子さん、吉高由里子さん、本田美奈子さんも全て、“線対称な名前”と言えるのではないかと思いまして。
●ふむふむ。
椎名 さらに広げて考えますと、我々の暮らす「日本」。「関東」と「関西」。都道府県名ですと「東京」「青森」「富山」「三重」「岡山」「山口」。他には、雑貨屋さんの「大中」もそうですし、「吉本興業」や、なにかと話題の「普天間」などもシンメトリックですね。
●ほぉ………。いえ、私も東京に暮らす人間ですが、そういう視点で世の中を見るというのは、日常あまり無い事かも知れませんね。
椎名 あの…渡辺さん。唐突ですが、ここいらでひとつ、クイズは如何でしょうか。
●おやおや、これは台本に無かった展開ですが…(笑)、喜んでお受けしましょう。
椎名 有り難う御座います。では問題。「私たち日本人の成人のほとんどが所有し、持ち歩き、利用している、『身近で価値ある左右対称の小さな芸術品』とは、何でしょう?」
●『身近で価値ある左右対称の小さな芸術品』ですか。骨董品的な何かでしょうか?
椎名 いえ、そこまでの高級感は無いかも知れませんが、日本の何処へ行っても常に一定の価値を持つ、“或る意味芸術”な物、とでも申しますか。
●これは…、ちょっと困りましたね。すみません、ヒントをお願いします。
椎名 はい、ではヒント。渡辺さん、お財布はお持ちでしょうか?
●ええ、胸の内ポケットに。
椎名 では、硬貨は?
●勿論。小銭入れのジッパーを開ければ、一円、五円、十円、五十円、百え…、あ、ああ、解りました! 十円玉の事ですね。そうか、平等院だ!
椎名 ピンポーン、正解です。平等院鳳凰堂(びょうどういんほうおうどう)が刻まれている、十円玉。
●たしかに、我々が所有し、持ち歩き、利用している、左右対称の小さな芸術品ですね。なるほど…。
椎名 日本の硬貨で、左右対称な絵が刻まれているのは、十円玉だけなんですよね。表も裏も。
●確か、年号が刻まれている方が、“裏”だったような。
椎名 其の通りです。平等院鳳凰堂は表でして。たかが小銭、ともすると粗末な扱いになりがちですけれども、十円玉は立派な「日本の文化/芸術品」ではないかと思うわけです。
●そういえば…。椎名さんの楽曲の中に“十円”という言葉が出てきた気がするんですけど。
椎名 はい。だいぶ昔の作品になりますけれども、「輪廻ハイライト」ですね。「耐えざる理に十円大」。
●なんとも意味不明で摩訶不思議…って、すみません、貶しているわけではないんですが(笑)。
椎名 いえいえ、ノープロブレムです。人の数だけ解釈があると思っておりますので。
●あのー、ひょっとして、椎名さんはこのとき既にシンメトリーを意識されていた、という事はありませんか。
椎名 うーん…。そうですね。其処まで掘り下げて考えてはいなかった…という事にしておきます(笑)。後付けの理由なら、なんとでもなりますよね。この文章を書いている誰かさんも、こじつけているんじゃないでしょうか。ま、それはそれ、これはこれ。次いきましょう(笑)。次、次。
●はい、議事進行(笑)。しかし、考えると奥が深いですね。シンメトリーは身の回りに沢山ある、という事ですね。
椎名 仰る通りです。だいぶ前、JRさんが自動改札を導入なされた際に、左利きのお爺さんが切符を、向かって左側の改札に入れてしまわれたそうで。左利きなのですから、それは至極当然な立ち居振る舞いだと思いました。けれども左右対称の自動改札というのは、どうやって作ればよいものやら私には判りませんし、作れるのかどうかも解らない。
●妥協するしかない、という事でしょうか。
椎名 そういう事だと思うんですよね。常に誰かを基準にしていては、必ず何処かに無理が生ずる。でも、其の妥協点を明確にしてもらえたら、多くの人が納得して不満を感じる事無く動けるでしょうし、つまらない事での争いも無くなると思う訳です。
●それが、“思想を見抜いてよ”という事に繋がると?
椎名 ええ、其の通りです。シンメトリーという思想を持って生きる。食事をする事も、お風呂に入るのも、音楽を創る事も、其の何処かに左右対称・非対称な部分がある。私は其の対称性に惹かれ、音楽という世界に於いて私が思うままを様々な形で表現させて頂いている訳です。
●では、この辺で「浴室」をお借りしてもよろしいでしょうか。
椎名 ええ、どうぞ。ごゆっくりと。でも「俺を殺して」とは言わない方が宜しいかと思います。公の場所で「俺を殺して」と云うと、本当に殺されかねませんからね。
●パブリシティ、ですか(笑)。
椎名 そうです、それがパブリシティ。黒猫堂の規約でもあり、此の世の決まりでもあるわけです。では、ちょっと私、赤ちゃんを観て来ます。はいはいをしております故、気になったもので。そろそろ積木の一つも買ってあげなくてはなりませんし、母一人子一人、母親としての責任を全うしなくてはなりませんので。
●最後になるんですが、黒子を取った理由を教えて下さいませんか。
椎名 それは…内緒です。各自ドラッグしてみて下さい。これしか云えません。

だって、此の位置に黒子があったら、私の顔は左右非対称でしょう?

BGM:小田和正 
「BETWEEN THE WORD AND THE HEART 〜言葉と心〜」 

※ 此の文章は自作自演です。何卒。ゝ<;


追記:2018/1/26 弥吉淳二さん逝去。ご冥福をお祈りします。


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