自転車でおいで


 先日、人の家でスカイパーフェクTVのラジオ放送を何気なく聴いていた。チャンネルはと言えば、週替わりで洋楽のアーティストを特集して流している番組に合わされていた。

 すると、聞き慣れたイントロが流れ出した。
「ああ、佐野元春か……」
 一瞬、そう思った。
 だが数秒後にワシは気づいた。
 なんで洋楽のチャンネルで佐野元春が流れるのだ!?

 また数秒後、テレビに映るアーティスト名と曲名の表示を見て、ワシは納得した。
 ブルース・スプリングスティーンの「HUNGRY HEART」
 だったからだ。

 不肖ワタクシ、洋楽の王道というものはほとんど通っておらず、一部の友人からは「無知野郎」などと、誠にありがたくないアダ名まで頂戴しておる。故に「HUNGRY HEART」も、その時初めて聴いたわけであるが…。

 ごく最近になって、佐野さんの二枚組ベスト盤を聞いてみた。どの曲もスプリングスティーンの曲そのものだが、それは空気感まで見事に演出された、とんでもない代物であった。ピアノやドラムの響き。ダーティだけど気持ちのいい、本家そのままのワイルドなオルガン。そして佐野さんの歌。全てが最高に人間臭かった。全員が「なりきっていた」のだ。

 佐野さんは、永遠にスプリングスティーンに憧れ続ける少年なのだろう。故に、ワシはあの人をどうしても憎めない。スタイル・カウンシルそっくりな物もあるが、全て、あの人は憧れながら歌を歌い続けて今日まで来たのだ。そして明日からも、優しい照れ笑いを浮かべながら、スプリングスティーンと同じテレキャスを首からぶら下げ、ため息のような声で歌い続けるのだろう。

 ワシが大好きな矢野顕子さんの曲で「自転車でおいで」というのがあるが、そこでデュエットしているのが、佐野元春さんだ。あの、「あぁあぁあぁあぁ〜」という、苦しそうな独特の声が、とても優しい。
 残念ながらワシ、以前に自転車を盗まれてしまったので困っておるが、そのうち近所の自転車屋で買ってきて、橋を渡ってダウンタウンを駆け抜け、ライブ会場を探しに行こうと思っておる。


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よしこちゃんの手


 ワシがまだ中学生だった頃の話じゃ。
 美術の授業で、粘土を使って「手」を表現するということになった。皆様の中にも同じような事をやらされた人がいるかと思う。しかし、手の形をいろいろと考えてみても、所詮、手は手だ。そんなにバリエーションがあるわけではない。結局みんなが作るのは、グー/チョキ/パー、あとは人差し指だけ伸ばしてみるとか。

 そんな中、ある異変が起きていた。同級生のよしこちゃんという女の子が、とんでもない形をつくっていたのだ。よしこちゃんは、ジャンケンのグーの状態から、親指を人差し指と中指の間に差し入れた形を作っていたのだった。

 これに気づいたのは、先生ではなくてワシを含む男子生徒だった。「これってヤバいんじゃねぇか?」「でも、よしこになんて説明すんだよ?」…密談の結果、我々はよしこちゃんを説得することにした。

男「よしこ、その手なんだけどさぁ…、なんか他にいいポーズとか、ないんか?」
よ「なんで?これってなんか変?」
男「いや…その、なんていうかさ、ゴニョゴニョ…

 こんな感じのやりとりがあったように思う。説得したのはワシではなかったので、あまりよく覚えていないのだが。結局、よしこちゃんは説得に折れて、違う形を作り始めた。ワシらはホッとした。何故なら、もしあれがあのまんま作られていたら、秋の文化祭で展示される事になっていたからだ。よかったねぇ、よしこちゃん。助かったねぇ。

 実は意外と知られていない事なのだが、よしこちゃんが作ったポーズというのは、手話で「性行為」を示すものなのだ。まあそれを知らなくとも、誰しもが思春期あたりにその意味を知る事になるものであるが。よしこちゃんは、一体いつその意味を知ったのだろうか。こればかりは本人に聞くわけにもゆかぬ(…でも聞いてみたい)。

 そんなよしこちゃんも、今では結婚して子供までいるいいお母さんだ。だが、もしよしこちゃんの子供が「あのポーズ」をやっていたら、よしこちゃんは何と言って説明するのだろうか。ワシはそれが気がかりでならん。


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「THE」の定義


 ワシはあまりCDを買わない人間である。この研究所では音楽も扱っているが、ワシが所有するCDの数は、せいぜい100枚ちょっとだ。一桁勘違いされると困る。100枚と言ったら100枚だ。佐野さんについてのコラムでも書いたが、ワシはあまり音楽に詳しいというわけではない。かなり基本的な知識が欠落していたりもする。

 少し前の事だが、ワシは唐突にYMOが聞きたくなり、レコード店へ足を運んだ。
「ええと、YMO、Y・M・O、わい、えむ、おー、わ…」

 もうオチに気づかれた方もいるとは思うが、このまま読み続けて頂きたい。
 ワシは自分のあやまちに全く気づいていなかった。
 それどころか、逆に変な疑問を感じていた。

「なんでWANDSや渡辺美里があるのに、YMOがないのだろう?」
 ここでワシはさらなる勘違いをしてしまう。
「そうか、きっと『テクノ』って違うコーナーにあるんだな」と。
 しかし、探せど探せど見あたらない。
 店員に聞こうかとも思ったその刹那、ワシはようやく気づいた。
「YMOって確か、『イエロー・マジック・オーケストラ』の略だったなぁ…」

 …ああ、店員に聞かなくて良かった。余計な恥をさらすところであった。ワシは赤面しつつ、ベスト盤を手にレジへと急いだ。

 だが、ワシには前科があった。
 数年前のある日のこと。シンディ・ローパーの新作が出たというのでレコード店へ向かったワシは、洋楽のフロアーで必死にシンディ・ローパーのCDを探していた。…だが、探せど探せどシンディは見つからない。「おかしいな?あんな有名なアーティストなのに?」と、しばし悩んだ。

 …これまた勘違い。ワシはずっと、頭文字“S”のコーナーを探していたのだ。そりゃいくら探したって見つからないワケだわな(正しくは「CYNDI LAUPER」)。

 まあこれらはアホな間違いだが、皆様が洋楽のCDを探す時に悩む事はないだろうか。頭に「THE」が付くアーティストの事である。考えてみればビートルズだってストーンズだって、正式には頭に「THE」が付いている。
 でも厳密に「THE」の付くアーティストを集めたら、“T”のコーナーにはおそらく、バンドものが死ぬほど並ぶことになるであろう(そんなレコード店があったらそれはそれで見てみたいものだが)。

 先日、この事について人と話していたのだが、「THE WHO」は「T」と「W」のどちらにあるのか微妙なラインだという意見が出た。これについては、きっとレコード店ごとに解釈は異なると思う。英語圏のレコード店では一体どうやって分けているのだろうか? ご存じの方、是非とも教えていただきたい。


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クールだぜ。


 JR東日本が、一向に減らない中央線の鉄道自殺を防止するべく、様々な対策を立て始めた。踏切りの色を明るくしたり、鏡を設置してみたりといったものだが、ほんとに効果があるんだろうか?という感じがする。

 ワシも中央線を利用する人間の一人だ。飛び込みというのは、いつもより急いでいる時や疲れ果てて早く帰りたい時に限って起きるから厄介である。地方だって飛び込み自殺はあると思うが、中央線の頻度はどう考えても異常だ。なんせ、一日に複数の飛び込みがある事だって決して珍しくない。同じ日に一つの駅で二件の飛び込みが起きる事もある(阿佐ヶ谷駅であったらしい)。

 死に方もさまざまだ。ホームに入ってきた電車へダイブするのがポピュラーだと思うが、ホームから降りて、歩いていって轢(ひ)かれて死ぬという話もけっこう耳にする。全く、自殺者の考える事はわからん。

 ワシは一度だけ、飛び込みの現場に居合わせた事がある。
 10年ほど前のとある日、夕方6時過ぎ。ワシは中央線下りの、先頭車両のほんとの先頭に乗っていた。電車が中野駅に近づいた頃、やたらに大きな警笛が鳴り、急ブレーキがかかった。「まさか…?」

 列車が停止して間もなく、アナウンスが流れた。「…只今、人身事故があった模様です。今しばらくお待ち下さい」。あー、ほんとにやっちゃった、と思った。「人身」の言葉に車内がザワつく。先頭にいたワシは、運転席から聞こえてくる、運転手と基地局(正式には何と言うのだろう)の会話に耳をそばだてた。一言一句まで覚えてはいないが、こんな感じであった。

運転手「えー、こちら nnnn(←おそらく列車番号)、今から遺体の回収にまいります。中野駅からの応援も現場に向かっております」

 約15分後。

運転手「えー、こちら nnnn、遺体を発見したんですけど、頭が潰れちゃっててわかんないんですよね。で、問題なければ、出ます

 おいおいおい。思いっきり問題あるだろ、この場合。さらに無線が何度か交わされた後、電車は再び走り出した。轢いてから正味20分。まったくクールだぜ、中央線。まあ、自殺が起きるたんびいちいち坊さん呼ぶわけにもいかないだろうが、あまりにも素っ気なさすぎる対応にワシは驚いた。「東京って、ひんでおっかねぇまちなんな。」ワシはそう思った。

 と、ここで話を終わらせようかと思ったが、おまけの話。

 JR新宿駅のn番線とn番線(記憶が曖昧)の間の地下部分には閉ざされた空間がある。普通はそんなところに空間があるとは思わないし、気づいても不審に思ったりはしないだろう。だが、そこは「遺体安置所」なのだ。新宿駅近辺で鉄道自殺が起きると、遺体はこの空間に運び込まれる。で、駅職員が遺体に付き添って、遺族が引き取りに来るのを待つ。

 …この話を読んだのは、とある鉄道雑誌だった。今これを書いていて思ったのだが、もしかするとこれはよく出来た「都市伝説」なのかも知れない。まあ真実であっても嘘であっても、そんなところにはお世話になりたくないものだが。本当のところはどうなんだろう。実際に死んでみるか?…いや、冗談冗談。


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侮るなかれ、教育テレビ


 10年ちょっと前にワシが好きだったのが、NHK教育の「たんけん ぼくのまち」という社会科の番組だ。主人公は通称「チョーさん」。“ながしまゆういち”というのが本名だったと思うが、「ながしま」だから「チョーさん」としたのだろう。でも、今の子供たちにその真意が理解できるとでも思うのか。この番組が、よい子のみんなをいさぎよく切り捨てているのがわかる。

 番組の内容はと言うと、チョーさんが居候している八百屋さんを手伝いながら、暮らしている街の事をひとつひとつ勉強していくというものだ。あくまで“表向き”には。
 ある日チョーさんはデパートへ出かけた。そして、せともの売り場で茶碗か何かを手に取り、さりげなーく歌った。「♪せとものは、日暮れて〜」こらこら。子供がわからんだろ。まぁ「♪せとわんや、ししてんや」じゃなかっただけマシかも知れないが。

 「たんけん〜」の、正月スペシャルの回は特に凄かった。そもそもNHK教育の学校放送で正月スペシャルがある事自体おかしいのだが、とんでもない内容だった。番組の冒頭、チョーさんは居候している部屋の押し入れを漁っている。すると、八百屋のおじさん&おばさんが若かった頃の写真が出てくる。

 想像力たくましいチョーさんは、二人が若かった頃の事なんか知るわきゃないのに一人勝手に想像したり回想したり。するとそこから場面が変わり、八百屋さん夫婦による再現VTRがスタート。チョーさんが実際の過去を知っている訳がないので、回想シーンではなく妄想シーンとでも呼ぶべきか。

 このシリーズで主人公が居候する家・お世話になる人々は、基本的に地元の素人さんである。それなのに八百屋さん夫妻は妄想シーンのため、スタッフにノせられたか吹き込まれたか若作りな格好をさせられガッチガチの棒読みで「…僕と…、結婚してください」「…はい」と、地元で演劇サークルやってますみたいな展開になる。

 その妄想に浸っていたチョーさんを我に返したのは、天井から降ってきた大ダライだ。チョーさんは一人で居候してるんじゃなかったのか。だが、その回の笑いはそれにとどまらなかった。

 八百屋のおじさんから野菜の配達を頼まれたチョーさんは、自転車の荷台に野菜を積むと、坂道をのぼり始めた。野菜が重い、徐々に疲れてくる、もうダメだ…。そう思った時、どこかで聞いたスネアとトランペットが流れ、チョーさんの前に現れたのは「丹下段平もどき(チョーさんの二役)」だった。

 丹下は言った。
「立て、立つんだ、チョ〜!!」

 おいおい。誰が笑うんだ、誰が。
 番組のラストで、またしても降ってくるタライ。でもチョーさんはそれをかわして「ハッハッハ、同じ手にはひっかからないぞ」。すると今度はチョーさんに左右からバケツで水がぶっかけられる。教育テレビでドリフ大爆笑をやるとこうなる、という見本か。

 それと、「たんけん〜」にはもちろんテーマソングがあるのだが、とある回でのオープニング。いつものようにイントロが流れ出し、もうすぐ歌だというのに誰もいない。…と思ったら、いきなりチョーさんがフレームの下からひょっこり登場。大根をマイク代わりにテーマソングを熱唱するというパフォーマンスを披露してくれた。その映像も、カメラワークがなかなか凝っていて、まるで何かのプロモーションビデオを見ているようだった。

 今はこの社会科の枠に、どのような番組が入っているかは知らない。だが、明らかにその路線を受け継いでいるのが「ハッチポッチステーション」だろう。かなり有名になってしまった番組なので、知っている方は多いと思うが一応説明する。

 舞台となるのは、どこかの国のどこかの街にある駅。出てくる人間はグッチ裕三さんだけで、あとはダイヤさんとジャーニーというマペット。これだけでもよくわからない番組なのだが、ジャーニーのマペットの吹き替えをやっているのが林家こぶ平という、わけのわからなさに拍車をかけるキャスティング。

 グッチさんとこぶ平のやりとりが、古いダジャレとか懐かしCMのキャッチコピーとか、子供を無視した笑いの連続。おまけに、グッチさんが洋楽のスタンダード(それも古いやつばっか)をパロディにして童謡なんて歌ってしまう謎のコーナーまである。例えばABBAの「Dancing Queen」に引っかけて「単身赴任〜♪」とか。もうここまでくると、大人のために作られた子供番組としか思えない。

 …実は今、チョーさんの本名を確認しようと検索していたら、意外な事実が判明した。「いないいないばぁっ!」のワンワン役って実はチョーさんだったのか。知らなんだ…(と書いてもわかんない人は全然わかんないと思うが)。どんどんバラエティ化しているNHK教育。今後もまた侮れない番組を見つけたら、報告させていただく。


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時をかけるコード


 「カノン」という曲名を聞いたことはないだろうか。この名前に心当たりがない方でも、曲そのものを聞けば絶対に覚えがあるはずだ。以下をクリックして頂きたい。

 そう。音楽の授業などで一度は耳にしているであろう、有名な曲だ。そういえば「ガブ飲みしたいとき〜!!」という某CMでも使われていたので知っている方は多いと思う。あるいは、山下達郎の「クリスマス・イブ」を思い出された向きもあろう。山下達郎は、このカノンを引用する形で上手く曲に取り入れている。(戸川純の「蛹化の女」だと思ったあなた、同志です!!)

 「カノン」だが、作曲者はパッヘルベルというバロック中期の音楽家である。プロテスタント教会音楽の重要な人物だという。そして、この曲の正式なタイトルは「カノン ニ長調」という。

 この曲のコード進行を追ってみよう。原曲はタイトルの通りDメジャー(ニ長調)なのだが、わかりやすくするために、キーをCとして考える。すると、
「 C → G → Am → Em → F → C → F → G 」となる。以下をクリック。

 歌謡曲やロックなどでも、けっこうどころかかなり耳にするコード進行だ。そういったポピュラー音楽の場合は、ベースの流れをスムーズにするために、分数コード(ConEとかG/Fとかいう表記のもの)が使われて、以下のようになる。聞いてみれば、本家との違いがわかるかと思う。
「C → G/B → Am → Em/G → F → C/E → F → G」

 ほとんど同じだが、
「C → G/B → Am → G → F → C/E → F → G」
「C → G/B → Am → C/G → F → C/E → F → G」
「C → G/B → Am → Em/G → F → C/E → F → G」
「C → G/B → Am → Em/G → F → C/E → Dm → G」
 のような進行も、よく使われる。

 例を挙げると、ZARD「負けないで」(♪負けないで もう少し 最後まで走り抜けて)とか、岡本真夜「TOMORROW」(♪涙の数だけ強くなれるよ アスファルトに咲く花のように)、B'z「ALONE」(♪ALONE 僕らは それぞれの花を)、ビレッジ・ピープル「GO WEST」(歌詞省略)なんかがすぐに出てくる。ワシの記憶が確かなら、「GO WEST」はこの中で最も、パッヘルベルのカノンに構成が近い曲だ。

 ほんの少しコードを変えてもよいなら、似たようなものはまだまだいくらでも出てくる。
 H Jungle with T「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーブメント〜」の歌い出し、ビートルズ「LET IT BE」の歌い出し、カルチャー・クラブ「カーマは気まぐれ」のサビ等々…きりがない。

 だからといって、ワシはパッヘルベルが天才だったとか、先見の明があったとか、そういう事を言いたいのではない。おそらくカノン以前にも、この進行を用いた曲は作られていたであろうし、カノンを本当に知らずに、同じ進行の曲を書いてしまった作曲家などもいるだろう。ただ単に、パッヘルベルのカノンだけが有名になってしまったがために、引き合いに出されているという事だ。

 近頃は音楽のジャンルがどんどん細分化され、新たなカテゴリーが生まれたりして、ワシなどとても把握しきれない程の数になってきている。でも、その大半が流行り・すたりのもので、20年も経てばそのほとんどが「ナツメロ」となる。

 だが、カノンは「ナツメロ」として今に生きているのではない。かといって、クラシック的なエッセンスを求めて、カノン形式の曲が作られているというわけでもなかろう。もはやこれは、時代を超越して受け継がれているものなのだ。

 「でも、ブルースやロックの12小節パターンみたいなのだって普遍的なものじゃない?」という意見をお持ちの方もいるかと思う(12小節パターンとは以下の通り)。

 だが、ブルース/ロックの歴史とて、たかが20世紀の前半に始まったものだ。その原型までさかのぼったとしても、100年は絶対にいかないだろう。よって、ブルース/ロックが本当に人類の歴史に定着したのかというと、これは疑問である。
 あと100年、200年経ったら、ロックが「古典音楽」になっていたりする可能性だってある。「ああ、ロックかぁ。いかにも『二十世紀』って感じがするよね〜」などという会話が、いつか遠い未来に交わされたりするのかも知れない。その頃まで人々の記憶に残る、あるいは歌い継がれるような曲が作ってみたいと、切に願う今日このごろである。


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侵入者「S」


 ワシがまだ小学生だった頃の話じゃ。
 3年生か4年生の時だったと思うが、ワシのクラスにY君と言う転校生がやって来た。すぐに彼はクラスにとけこむことができた。
 特にY君と仲が良くなったのがS君であった。S君をはじめとする数人のグループが遊び仲間となって、学校が終わるとY君の家に行き、ファミコンやボードゲームをして過ごすようになった。

 ワシの生まれた街というのは、稲作農業が中心の典型的な片田舎である。都会育ちの向きには信じられない事かも知れないが、玄関にカギをかけない家というのも結構あったりする。それでも盗みが起きるなどという事はまずあり得なくて、本当に平和でのんきな土地なのだ。

 例に漏れず、Y君の家も玄関にカギをかけていなかった。
 彼が転校してきてからかなりの時が経ったある日、事件は起こる。S君がY君の家に遊びに行ったところ、誰もいなかった。普通ならそこで帰るか玄関先で待つかすると思うのだが、S君はなんと無人の家に上がり込み、勝手にゲームをして遊びながらY君の帰りを待っていたのだ。

 ところが、先に帰ってきたのはY君ではなく、お母さんだった。
 息子の部屋から音がする。「あ、帰って来てるんだわ…」と思ってドアを開けると、そこには違う子がいたというわけだ。そりゃ普通、驚くだろう。いくら仲のいい友達とはいえ、これはマズかった。S君は後で親にも先生にもコッテリ絞られたらしい。さらに後日、シンニュウ(侵入)という誠に不名誉なアダ名までつけられた。

 そして、約10年の時が流れたある日。ワシの地元で成人式が催される事となった。既に東京暮らしをしていたワシは、久しぶりに級友たちに逢えるのを楽しみにしながら、新幹線で郷里へと向かった。

 すっかり変わってしまった奴、まるっきり変わらない奴、月日は流れたがみんないい友達だ。成人式の後の同窓会は大変に盛り上がり、思い出話に花が咲いていた。そこにS君もいた。「久しぶりだなぁ」「元気か?」などと言葉を交わし、ワシは何気なく「S、お前、今何やってんだ?」と問うた。が、その返事にワシは驚いた。

 「セ○ムで働いてるんだ」

 なにぃっ!?
 お前はかつて「シンニュウ」ではなかったのか?
 人の家に不法侵入した男が、今は人の家を侵入者から守っているというのか? …嗚呼、なんて因果な話だ。もし彼が、Y君の家に侵入してしまった過去を贖罪(しょくざい)するためにその職に就いたのだとしたら、それはそれで凄い話だとワシは思った。

 …が、宴席でビールの入ったグラスを片手に、ゲラゲラ笑いながら寝転がっているS君に、そんな高尚な想いはこれっぽっちも感じられなかった。合掌。


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ナウシカ=のび太説


 先だって、なにげなくドラえもんを見ていた。のび太がジャイアンにいじめられ、ドラえもんの道具で復讐するのだが、やり過ぎてしまいジャイアンが逆上、追いかけられるというお約束のパターンだった。が、ジャイアンに追われたのび太くんが口走った言葉がポイント。

 「怒りに、われを忘れてる…」

 どこかで聞いたようなセリフだな、と思った。過去に何度も聞いた気がする。なんだっただろうか…? そうだ、風の谷のナウシカではないか!!
 旅人の銃にショックを受けたオームが暴走する場面だ。飛行艇(だっけ?)に乗ったナウシカがそれを止めようとして言うセリフが、「怒りに、われを忘れてる…」なのだ!!

 だいたいがおかしい。小学校5年生という設定ののび太が、出来杉みたいなセリフを言うのか? ドラえもんの脚本家が偶然に考えついたものだとしても、まさに出来すぎた話だ。これは、同じアニメの世界に身を置く人間としての、宮崎駿監督に対するオマージュであろう。

 ドラえもんもそうだが、クレヨンしんちゃんなどにも意外な笑いがひそんでいる。主題歌の「とべとべおねいさん」(歌:のはらしんのすけ&アクション仮面)は、一説によると「勇者ライディーン」を見ていた父親世代に向けたパロディなんだとか。「歌詞と歌手とアレンジが違うだけ」で、曲の構成が一緒らしい。
 残念ながらワシは「勇者ライディーン」の方をよく知らないのだが、ご存じの方は両者を聞き比べてみると楽しいかと思う。今後もまた、このような楽屋オチを見つけたら、ご報告させて頂く。


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平らな山


 ワシが90年代に買った新譜というのは、おそらく3〜4枚だと思う。なんせ、洋楽も邦楽も80年代にどっぷり浸かって「いい湯だな♪ ははん」と歌っておるもので。

 ドリカムの「決戦は金曜日」が、Earth, Wind & Fire の「Let's Groove」と、シェリル・リンの「Got to be Real」のかけあわせだとかパクりだとかというのは、よく言われておる。ワシもドリカムのベストを買い、「決戦は金曜日」が好きで完全に覚え、後に本家と言われる「Let's Groove」を聞いたとき、イントロで爆笑した。

 「まったく、この中村さんと吉田さんと、もう一人はちょっとアレだけど、もーーう!」と、げらげら笑った。曲の構成がほとんど同じ。イントロは勿論のこと、エンディングが無闇に長いのも同じ。全体の雰囲気も同じ。ただ、歌は吉田美和さんの吉田節だ。

 後日、コンビニで買い物をしていると、シェリル・リンの「Got to be Real」が流れてきた。ワシは「やっぱりこれも同じだよなー」と思いながら聴いていた。

 そろそろ曲も終わりかな? と思って聴いていたら、なかなか終わらない。エンディングがやけに長いのも、Earth, Wind & Fireの「Let's Groove」と共通しているのか。…等と考えていたら、シェリル・リンがフェイクを始める(フェイク=ボーカルの人が、曲中の基本となるメロディから外れ、即興で自由気ままなフレーズを歌ったりする事)。

 ソウルフル、かつエモーショナルに歌うシェリル・リン。ところがある部分で、ある事が起きる。文章にすると難しいのだが、3声か4声で

♪わぃーぃららぃーららぃーららぃーららぃーららぁ〜〜
♪わぃーぃららぃーららぃーららぃーららぃーららぁ〜〜
♪わぃーぃららぃーららぃーららぃーららぃーららぁ〜〜

 という感じのハモりが現れた。この曲を最後まで聴いたことがなかったワシは、コンビニのカゴを持ったまま笑いを堪えるのに必死だった。何故かというと、「決戦は金曜日」のラストで、まっ・・・・・・・たく同じハモりとフレーズが出てくるのだ。ズルいぞ、美和さん。インチキとかパクりという意味の“ズル”じゃない。音楽のプロフェッショナルが集まって、うれしい楽しい大好きな遊びを…、と。

 これまた、ドリカムが何年かに一度行っている大規模なイベント「ドリカム・ワンダーランド」で、吉田さんが“シェリル美和”というキャラをやり、なりきって歌っているのだという。

 吉田さんはシェリル・リンが好きで好きでたまらなくて、やっとこさプロになれたから、何万人を前にして「みんなー、わかる人だけ笑って楽しんでねー。でも、どう見たってわかるでしょ〜〜〜〜〜〜、あはは。野外ライブ、晴れてよかったね。サンキュ」とニコニコ歌っているのだ。

 以前に書いた佐野さんといい、みーんな、同じミュージシャンだ。家に帰ったら普通のリスナーだ。スタジオに入ったら、きっとプロに切り替わるのだ。

 ワシも次の日曜は山へ行こうと思うが、どうも山は苦手で…。平らな山ならいいんですが。どうしましょうね、美和さん、中村さん。


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どっちを食べる?


 Tちゃん(女性)とは、中学一年の時に知り合った。ストレートに書くが、Tちゃんは美人だ。可愛いというよりは綺麗なタイプだ。だが、綺麗なバラにはトゲがあるように、彼女にもちょっとだけ問題があった。トゲはないのだが、天然ボケなのだ。

 彼女が予備校の時だったか大学の時だったかは定かでないのだが、その天然っぷりを象徴するようなエピソードがある。友人(女性)が、病気で寝込んでしまったそうだ。Tちゃんは、お見舞いに桃のかんづめを買っていって、友人を元気づけようと考えた。

 さて、お店でTちゃんは迷っていた。白い桃と黄色い桃、どっちを買うべきか…。よし、どうせなら両方買っちゃえ! という訳で、Tちゃんは2つの桃の缶詰を手に、友人宅を訪れた。

 早速、買ってきた缶詰を食べようという事になり、Tちゃんは友人に聞いた。
「ハクトウとキトウ、どっちを食べる?」

 ………。
 いきなり友人が笑い出したそうだが、Tちゃんは、その意味が全く解らなかったらしい。
 「え?わたし何か変なこと言った?」

 友人にその理由を教えられたTちゃんは、赤面してしまったという。そりゃそうだ。青春まっただ中の乙女が言うセリフじゃない。でも救いだったのは、お見舞いに行った先が女の子の家だった事だ。相手が男だったら、さぞかし気まずい事になっていたであろう。

 実はTちゃん、今は地元のテレビ局で立派にアナウンサーをやっている。ワシも田舎に帰ると、彼女の出ているチャンネルに合わせて、すっかり大人になったTちゃんを懐かしく見ている。でも桃の缶詰事件を知っているだけに、彼女が何かマズい誤読をするんじゃないかと勝手にドキドキしてしまうのだが。がんばれTちゃん、ワシは君を応援しているぞ。


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