世にもビミョーな物語 12頁 No. 111〜120

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  1. 月9と音楽 2004/11/17
  2. GIGS at NHK HALL 2004/12/31 2004/11/26
  3. 志村ー、下!下! 2005/06/09
  4. 3つの制約 2005/10/11
  5. ゴールデンタイムの惨劇 Part II 2006/01/04
  6. 化け物 2006/07/06
  7. 四番の行方 2006/08/18
  8. 質屋とピアノと私 2006/09/16
  9. 面白半分 2007/07/02
  10. 不幸招き・2 2007/12/10

月9と音楽


 月曜9時、通称「月9」はロクな事をしない。ワシは元々月9だの木10だのには興味がないために見ないのだが、悪い評判だけはよく聞こえてくる。ちなみに混一とか三色には大いに興味がある。

 今年の前半にやっていたフ○テレビお得意の月9のドラマが、内容がスッカラカンなのにQUEENの曲を乱用…もとい、全編に使っちゃってQUEENファンの反感買ったのを覚えている。ワシの知り合いでも違和感を感じたという人が何人もいた。
 今度は、本家そのままを流すわけではないが、なんと織田裕二がWHAM!の「Last Christmas」を主題歌として歌うという。時期的なものを狙ったのだと思うが、なんでまた…? と首を傾げた。

 で、実際にテレビでその一部分を聞いたのだが、思った程には悪くない。チャート関係も狙っていそうな雰囲気。本家をエンディングでちょろっと拝借するよりは許せるし、ワシ個人が本家を聞き飽きているという勝手な事情もあったので、音楽番組やCMで流れまくったとしても、今年の暮れだけ我慢しよう、と割り切った。

 ところが、後日エンターテインメント関係サイトを見て、さらにさらにずっこけた。同じくWHAM!の「Wake Me Up Before You Go Go」まで歌っているという。試聴できるサイトだったので、少し聞いてみたが、本人の声ほとんど聞こえないじゃんか。名義が「ユウジ・オダ・ウィズ・ブッチ・ウォーカー」となっているが、本人一人じゃ辛いのだろう。洋楽を歌い慣れていない人にとっては、このぐらいでも充分に早口だろうし。

 考えたのだが、南国のリゾート地での恋模様を描いたドラマの主題歌が、Gloria Estefan & Miami Sound Machineの「Conga」だった場合、主役の女性には是非とも、是ー非ーとーもーきっちりと原詩でカバーして頂きたい。中山美穂あたりで。歌えるもんなら歌ってみやがれ。

 しかし情けないのは「Wake Me Up Go Go」ってなんだ。略しているようないないような。どうせなら80年代当時の邦題「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」にした方が…とも思ったが、そんな事をすると今時の若い衆から「だっせー」とか言われるのだろうか。

 さらにサイトの記事を読み進めると、さらに情けなくなった。「ラスト・クリスマスだけでなく、ワム!の楽曲をドラマ全編にちりばめることに」
 これ、こないだのQUEENと同じ手じゃんか。フ○テレビは嫌いではないが、ドラマに関しては良く思っていない。
 出演者は、旬の人を適当にシャッフル、毎週毎週先が見えちゃいそうどころか最終回のエンディングまで予想出来ちゃうストーリーを、制作側がいかにも熱く語ってどれだけこのドラマに懸けているかをアピール。さらには番組改編期になると、もうすぐ始まるドラマの出演者が続々と『いいとも!』に出てしまう露骨なやり方が嫌だ。

 でも、時々は見てみようかと思う。WHAM!のどの曲がどんなシチュエーションで使われるのか興味がある。QUEENはほとんど曲を知らなかったが、WHAM!なら全米TOP10入りしたものは全部聞いているし、ベストも持っている。

 気がかりなのは、「Freedom」が流れた瞬間、全国の視聴者が「これってむかーしマクセルかTDKのカセットのCMで流れてたよね。確かUD II 」とか、「Careless Whisper」が流れた瞬間、全国の男女問わず三十代ぐらいが「ヒデキ〜〜〜」(「抱きしめてジルバ」の意。逆だよ)とか、下手すると「あれ? ワム!ってヒデキをカバーしてたの?」とか(だから逆だよ)、「Young Guns (Go For It !) 」が流れた瞬間、「これ、空耳アワーでやってたよね」とか(0' 39〜「閉鎖か?」)、80年代に日本でもかなり売れたデュオだけに、妙なツッコミの数々が予想される。

 おそらくはラブ・ストーリーなのだろうが、ドラマが毎週バラエティーになったりしないだろうか。肝心なところで先の曲が流れ、思わず「リンゴとハチミツとろ〜り溶けてる〜」とかテレビの前で言う奴、きっといるぞ。例えば、このコラム書いてる男。

 色々と書いたが。ワシの場合、月9のドラマよりも曲よりも、
 アンドリューはどこへ行ったのか。それが一番気がかりである。


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GIGS at NHK HALL 2004/12/31


 氣志團の紅白出場が決まったらしい。目出度い。
 彼らの存在は、だいぶ前から気になっていた。CDショップでアルバムのジャケ写を見てはお腹がよじれたり、ある時期、近所のディスカウントショップでDVDが流されていて(氣志團万博2003 木更津グローバル・コミュニケーション)、真面目に演奏しているのに様々なシチュエーションのせいで心の中で爆笑してしまったりしていた。今度、お金に余裕が出来たら買おうとは思っている。

 何故笑うかなんて理由を書くのは野暮の中の野暮なので書かない。書いてみたところで、世代によっては解らないと思う。なので、とっとと次。

 数日前のネットのニュースで、メンバーの一人が酔って怪我して少しヤバい事になりかけたのを知った。が、命に別状はなく、2週間の入院と1ヶ月程度の療養で、体調が戻ればギリギリ紅白に間に合うかも、という事だった。しかも氣志團は、白組のトップバッターとなる可能性が高いそうだ。せっかく紅白に出られるのならば、やはり全員で出て欲しい。

 昨年の紅白は「明るさ/笑い」が目立ったが、今年は世情がそれを許さない。全国的な災害もそうだが、なにより、NEO FASCIO 海老沢が幅を利かせている限りは、明るく楽しい放送なんて日本中のテレビを所有している人間が許さないだろう。

 話がまたそれかけたが、ワシは氣志團の紅白出場に関して、あれこれと考えてみた。きっと今頃、全国の氣志團ファン、それも主に三十路のBoys & Girlsが同じような事を考えているのではないかと思うのだが、ワシも敢えて書いてみる。紅白での氣志團に期待する事。

 ※一応謝っておきたい事柄がある。正直、ワシは氣志團の曲で、最初から最後まできちんと歌える曲がない。興味はあるのだが金銭的な理由で、買う・借りるに至ってないもので。だが、ディスカウントショップの店頭で見たライブのDVDで、どういうスタンス/スタイルでどういう演奏をするのかは、色〜んな意味で知っている。それを踏まえて書く。

1.「ほにゃららら(←曲名)紅白バージョン」等と、よく色んなアーティストが
  やるパターンで、氣志團既存の曲にアレンジを加えた事にする。

2.イントロは、いつかどこかで聞いたようなドラムから。
  どんたん、どどたん どどたた どどたた
  どんたん、どどたん どどたた どどたた
  どんたん、どどたん どどたた どどたた

3.その間、綾小路翔は
 1) 客席に向かって両足を肩幅に開き
 2) そのまま左へ身体を90度ひねり
 3) 上体を倒し前屈みになり
 4) 左手を胸にあて、右手にマイクを持ち
 5) 普通の握りから、小指だけを親指と同じくマイクの下側に入れ
 6) その右手は、客席から見て綾小路翔の左上、斜め45度を指して待機。

  もうとっくにネタバレ臭いことこの上ないのだが、意地でも続けてやる。

4.曲に突入し、ギターソロあるいは曲の隙間を狙い、綾小路翔が
 「ライブハウス、NHKホールへようこそ!」と叫ぶ。

5.さらに「ここは東京だぜ?」じゃそのまんまなので
 「これは公共だぜ?」とでも付け加えてもらい、

6.ギターが黒地に白のあみだもよし、頬に「B-T」とペイントするもよし。
  怒られない範囲で、とことんやっちゃって下さい。

 これさえ見られたら、あとはもう別のチャンネルに変えるかも知れん。それぐらい、どう考えてもストレートじゃない期待をしている。

 勝手な予想を書くが、氣志團の活動期間は意外と短く、2007年の夏ぐらいに解散の噂が流れ、その年のクリスマスに解散を発表。翌2008年の4月、東京ドーム2Daysでけじめをつけ、その数年後に「氣志團COMPLETE」という10枚組で2万円のCDが出る。

 …どこかで聞いたような話ばかり出てくるのは、きっとあなたの気のせいだ。ワシもさっきから書いていて妙なのだが、それもまた気のせいだろう。兎にも角にも、今年の紅白、オープニングに期待したい。

トリビアの泉ピン子:「松っちゃん(松井常松)の飼っていた猫の名前は“いがらし君”であった」。猫いらず食べて死んじゃったらしい……って結局、氣志團の話をしたかったのか何なのか。訳の分からないまま、また次回。


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志村ー、下!下!


 もう六月。梅雨に入り梅雨が明け、夏が来る。怪談の季節…にはちと早いのだが、ワシが実際に体験した恐怖を語らせて頂く。

 だいぶ前になるが、いつもCDを大量に貸してくださる有り難い友人と秋葉原で待ち合わせ、あちらこちらを徘徊した後、自宅へお邪魔した。かなり前のコラムにも出てきた長男マリオ君と次男ルイージ君の家だ。
 またいつものように友人の奥さんを交え雑談をしたり、パソコンの調子を診たり、音楽の話をしたり。そしてテレビを見ながら夕飯をご馳走になり、時間も遅くなってきたので「じゃあ、そろそろ帰ります」と言い、紙袋に入ったCDをチェックし、一応トイレに行っておこうと思った。「ちょっとトイレ」。すると、マリオ君がついてきた。

 電気を付けて、内鍵をかける。すると「どんどん、どん、どんどん」とマリオ君がドアの外から何かをアピール。懐いてくれているのは嬉しいが、こっちは今「じゃ〜〜〜」(失礼)である。なので「トイレだからねー。ちょっと待ってねー」となだめるように言った。
 ふと、足下に目線を落とした。そこには、子供の手が二つあった。何が起こったのか解らなかった。次の瞬間、ワシは頭の中で176dB(当社調べ)の悲鳴を上げた。

 ワシがトイレから笑いながら戻ってきたので、奥さんが「どうかしたんですか?」と尋ねた。事の次第を説明すると、夫妻が笑った。ワシも含め、三人で笑った。ほんとに怖かった。どんなホラー映画よりも怖かったのだ。

 意識していなくとも、自分の周囲や置かれている状況が解っていれば、もし何かあっても驚かない。だが、把握していない状況で全く予想していない事が突然起こると、頭がパニックを起こす。
 よくよく考えたら自分のアパートのトイレも、換気のためか下まできっちりは塞がらない。5cm弱の隙間があるのだ。だが、友人宅の場合は「違う家」という意識がある。そこから、ワシの生活とは無縁な物=子供の手が出たのだ。だから怖い。

 人が聞いたら間抜けな笑い話だろうが、ワシに取ってはバイオなんちゃらとかクロックほげほげよりよっぽど怖かった。だが、もし次にお邪魔した時、トイレを出ると上からタライが降ってきたら…どうしようか。


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3つの制約


 過去、幾多の名作を手がけてきた宮崎駿監督。ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞、米アカデミー賞で長編アニメ映画賞、ベネチア国際映画祭での栄誉金獅子賞など、世界的に高く評価されている。だからこそ宮崎監督に制約を課して、そこからどんな作品を創ってゆくのか、勝手に期待するものである。

 制約は3つ。

■  その1、 「走らない」
 宮崎アニメ・映画などで必ず登場する “通称:宮崎疾り”。古くは「未来少年コナン」「ルパンIII世・カリオストロの城」など、時速にすれば5〜60kmは出ているであろう、身体能力を遥かに超えた走り方。とりあえず、これを封印する。

■  その2、 「飛ばない」
 これまた宮崎作品には欠かせない要素。二種類ある。

 a ) 「跳ばない」。“通称:宮崎跳び”。その1の宮崎疾りとセットで現れるケース。超高速で走っていて、足下は途切れ途切れ。落ちたらあの世行き。このような場所を走る(主に逃げる)際、その途切れた空間がどう見積もっても10mはあろうが、見事に跳び越える。走る緊張感に対してのアクセント/弛緩が如く使われるが、これも封印。

 b ) 「飛ばない」。文字通り、空を飛ばない。天空から何かの石と共に少女が降ってきたり、何を喋っているのか解らない巨大生物に姉妹で抱きついて真夜中に空を飛んでみたり、白い龍の背に乗って“○んが日本○ばなし”みたいな事になったりするが、危険につき一切禁止。
 飛べない豚は、ただの豚ではない。飛行機乗りをやめたら即、格闘系に転向。今日も夕暮れの空の下、クロスカウンターが火を噴く(実際、最後は殴り合いだったような)。他にも、高所恐怖症の魔女だっているかも知れない。よって、空を飛ぶのも封印。

■  その3、 「タイトルに “の” 使用禁止」
 一番辛そうな制約。しかし、物は考えよう。例えば「もののけ姫」。何をどうすれば“の”が回避できるか。簡単である。「姫」でいい。同様に「風の谷のナウシカ」→「ナウシカ」、「紅の豚」→「紅」(Xではない)。
 「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」など、最近の作品は長いタイトルが続くので、「の」を封印し、ついでにタイトル4文字以内などの縛りを設けたい。

 〜 まとめ 〜
 宮崎監督がこの全てを厳守して作品を創ったならば、アニメ版・小津安二郎の様なものが出来るのだろうか。久石さんはどのような曲を付けるのか。子供たちは映画館へ行くのだろうか。どんなグッズが販売されるのだろうか。公開の翌年から日本テレビの金曜ロードショーで宮崎映画のローテーションに組み込まれ、一年を通じて順番に流されるのだろうか…と、果てしなく疑問が沸いてくるので、無責任にもここで終わりとす。


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ゴールデンタイムの惨劇・Part II


注意:今回のコラムは、かなりどぎつい表現が含まれております。特に、食事前・食事中の方はお読みにならないほうが賢明です。

 以前に、ムツゴロウこと畑正憲さんについて書いたコラムがあった(「ゴールデンタイムの惨劇」2000/07/31)。それはヤバかった。今回もヤバい気はするが、どうかお付き合い願いたい。

 ムツゴロウさんが経営している「ムツゴロウ動物王国」が昨年の夏、北海道から東京都あきる野市へ大移動した。どこかのテレビ局が、動物王国開園前の準備の様子などを秋口の特番として流していたので、ワシは、なーんとなく嫌な予感を感じながら観ていた。

 いつもニコニコ・ムツゴロウさん。王国のあちらこちらを歩きながら、動物の体調を診たり、カメラに向かって解説したり。ところが、その取材中に異変が。一頭の馬が疝痛(せんつう)になったという。疝痛とは、人間でいえば腹痛。馬の場合は便秘や寄生虫の繁殖などにより起きる消化器系の疾患で、命にかかわる事もあるらしい。取材中に発生したのは便秘疝。

 ムツゴロウさん、着ていた白いシャツを脱いで上半身裸になり、オイルのような液体を右手・右腕に塗る。そしてその手を、馬のお尻の中へ中へ。これは実際に正しい処置法(の途中)らしいが、ゴールデンタイムだったのが問題。

 王国の若いスタッフにとっては大事な勉強なので、生々しい実践講座。ムツゴロウさんの右腕は、もうすでに肘よりも深く、二の腕のあたりまで入っている。そして中に入れた手を、右へ左へ回す。これも正しい処置法。二人のスタッフは、馬の様子やムツゴロウさんの動作を真剣に見ている。裸になったのは、腕を奥まで入れなくては処置できないからか、或いは出てきた時の事を考えたのか、夏場で単に暑かったからか。

 これ、PM 7:30。前にもムツゴロウさんがアマゾンの方へ行って、ヤバイもの食べたりしたのはグロだったが、食事後なので見れた。でも今回は食事中だったので、いつでもチャンネルを変えられるよう、リモコン片手に観ていた。ハラハラドキドキ、好奇心、怖い物見たさ。その全てを一瞬で葬り去ったのは、「ぶりっ」という音だった。ワシはギブアップしてチャンネルを変えた。まさに “ゴールデンタイム” =「黄金の時間」だった。

 その先は見ていなかった…いや、見ることが出来なかったのだが。あれこれ調べると、ちゃんと馬のお尻から出る物が派手に出て、ムツゴロウさんもニッコリだったらしい。
 一応、馬の病気に関するサイトを見ても「疝痛になった場合は石けん水で浣腸して、脇腹に刺激を与える。それでも出なければ肛門に手を入れて、詰まった糞を掴み出す」などと書かれていた。やはり正しい。正しいのだろうとは思うが……。もしもこの番組を、一家揃って夕飯時に観ていたら…。しかもメニューが○レー○イスだったら……。

 新年早々、ちょっと話題の選び方に問題があったかも知れないが、結びにも一言。「おせちもいいけど、カレーもね」。フォローになってない。


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化け物


 国内では前例のない事件が相次ぎ、国外からは本当にヤバい物が飛んでくる今日この頃。梅雨のジメジメを吹き飛ばすようなニュースを見た。毎年恒例、アメリカの独立記念日にニューヨークで開催される「ホットドッグ早食い競争」である。
 正式には「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」というらしいが、覚えきれないので略す。“12分間でホットドッグを何本食べられるか”という競争。結果を先に言うと、53本と3/4を食べた小林尊の6連覇となった。

 以前からテレビ東京が「TVチャンピオン」という番組で、大食い・甘味王(甘い物をどこまで食べられるか)・激辛王(辛い物をどこまで食べられるか)など、ユニークな企画をやっていた。重要なのは “大食いと早食いは違う” ということ。これ大事。

 東京は赤坂にある、何でもかんでもスポーツ化したがるテレビ局が、よせばいいのに早食い・大食い企画にまさしく“食い付いた”。そして、いつもの悪い癖で仰々しい演出をしたり食べ方に必殺技みたいな名前をつけたり実況が煽りに煽ったり、お馴染みマルチアングルの映像で

「…行ったー!」「…行ったー!」「…行ったー!」「…行ったー!」「…行ったー!」「…行ったー!」「…行ったー!

 のように、毎回毎回しつこい喋りと映像だけで満腹になりそうな番組を何回か放送したところ、中学生が真似して窒息死。社会的な問題となり、たけし城でやめときゃよかったテレビ局は各方面にとばっちりを喰らわせた。

 本家テレ東のTVチャンピオンで有名になった新井和響(あらい・かずとよ)さんという人物がいる。早食い・大食いの人だと思われているが、辛い物も恐ろしく強い。激辛王の時に、寿司ネタの下がシャリではなく全部わさびという罰ゲームのような物でも食べちゃったという話を聞いたが、違ったら申し訳なく。

 新井さん、2000年のホットドッグ早食い競争で優勝している。その時の記録は25本と1/8。食べ物なんていくらでも入りそうに見えるごっつい大男たちに混じって、小柄で細身の日本人が凄い勢いでホットドッグを食べている光景は奇妙というか不思議というか。現地の人々も呆れるほどの勢いで、ぶっちぎりの優勝となった。
 翌年。小林尊(こばやし・たける)が参戦する。説明は不要だと思うが「歩く胃袋」のような男。

 2001年のホットドッグ早食い競争で、小林は50本食べた。12分で50本。前年の新井の記録も驚愕に値する数字だが、その二倍。以前にテレ東が(中村ゆうじ氏がレポートしていたので、多分テレ東)当時の映像を流していたのを観たが、非常に可笑しかった。

 新井と同じように日本からやって来た、小さくて細い青年(←当時の話。今は筋骨隆々)。アメリカではノーマーク。となると、前年度の覇者である新井に注目が集まるのだが、途中から小林に切り替わる。尋常ではないスピードで、ホットドッグを吸い込むように食べて……いや、体内に取り込んでいる。彼の食べっぷりを見た他の出場者。「やってらんねぇよ」という感じで諦める者あり、無理して詰め込んで戻してしまう巨漢あり。

 やがて、運営の人々が慌て出す。バレーボールや卓球などで、一枚ずつカードをめくってスコアを表示するカウンター。おそらく前年度の事を考えて30枚ぐらいは用意していただろうが、そこから先がなかった。なので手書き。画用紙か何かにマジックで書いて、手で持って表示。

 ところが、書いている最中にも1本・また1本と、ホットドッグが日本からの物体Xに吸い込まれていく。スタッフも訳が分からなくなってきて「今、何本!?」「43…だったかしら」「え?」のように、正確な数字さえも判らなくなりかけた。
 そして12分で50本を食べた小林は当然のように優勝。観客から色んな意味で歓声が沸き起こる。2位となった新井も、前年度の25本から31本へと記録を伸ばしている。

 試合終了後。
 新井は勝者の栄誉を讃えんと、興奮気味に小林の身体を叩きながらこう言った。

 「お前、化け物だよ!」

 …麻痺って怖いと思った。


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四番の行方


 本日、ワシと同じく誕生日を迎えた方々。
 SMAPの中居くん、globeのKEIKOさん、畠山美由紀さん、福井健太さん、和田じゅんさん。皆、生まれた年も同じである。

 生まれた年が違っても、誕生日が同じ芸能人を見つけると、けっこう嬉しい。
 清原和博、吉川晃司、名取裕子、柴田恭兵、水道橋博士、夏目房之介、いとうまい子、高城剛、堀江しのぶ(故人)、大谷育江(声優)、井上日徳(作曲家)、ロバート・レッドフォード、成海璃子。

 かつて清原は、ワシの “誕生日が同じ有名人・脳内ランキング” の上位にいた。「いた」←過去形。ドラフトで涙し、日本シリーズで再び涙した男。西武ライオンズ時代の清原は、野球小僧がそのまま大きくなったような存在だった。「だった」←過去形。

 最近もう一人、年は違うが誕生日が同じ有名人を知った。
 イ・スンヨプ。巨人の四番。
 巨人の四番……?

 もし、イ・スンヨプがこの先も巨人で活躍し続け、何かの縁で日本人の女性と結婚して日本に定住するような事があっても(両国の政治的な問題や国民感情、韓国野球界の至宝の流出という声などを除けば)不思議ではないし、おかしくもないと思う。

 だが、 徐々に怪我が多くなり、 だんだんガラが悪くなり、どこかのジムで肉体改造を行い、 坊主頭と大きな身体を丸ごと日焼けサロンで真っ黒に焼き、 耳にピアス穴を開け、長渕の曲で打席に入り、 「番長」とか呼ばれ、変な根性論を唱えたり…しないよう願うと共に、お隣の国からやって来た大打者&同じ誕生日の人として応援しておる。

 と、言ったそばから問題が。漢字で名前を書こうと思ったのだが、フォントか環境によって出ないらしい。なので、とりあえず “イ・スンヨプ選手” がんばれ〜。


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質屋とピアノと私


 時折、ピアノが弾きたくなる。ワシが持っている電子ピアノは、ヤマハのクラビノーバ、CLP-550。ちなみに買ったのは質屋だった。ワシが暮らす街は質屋や古本屋が多く、中古ならではの面白い商品に出会う。ファミリーコンピュータ・ディスクシステム新品未開封+大量のゲームディスク(*)とか、エポック社のカセットビジョンのカートリッジとか、ワシにとっては宝の山だ。
 (*)ゲームディスクが中古品。むき出しのディスクが30枚ぐらい。聞いてみると、売り物ではないという。あまりの古さ故に買う人間もなく、かといって廃棄するにも困っていたらしい。なのでワシは、お店のおじさんとの交渉の結果「引き取り料」として500円で頂戴してきた。

 特に、見つけた物の中で印象に残っているのは楽器・音楽機材である。「ここ、ほんとに質屋?」「こんなもの、こんな値段で売っちゃっていいの!?」という商品が、ごく当たり前に売られていたりする。

 今まで(過去15年ほど)に近所の質屋さんで見た物。

◎ YAMAHA Clavinova CLP-550(エレピ・購入済み)
◎ Roland α-JUNO2(シンセサイザー)
◎ YAMAHA TX-81Z(4オペのFM音源・8パート/8音ポリ)
◎ YAMAHA TX-802(6オペ・DX-7IIのモジュール版・8パート/16音ポリ)
◎ YAMAHA SPX-50D(デジタルディストーション内蔵のマルチエフェクター)
◎ KORG DVP-1(ボコーダー)
◎ MXR DYNA COMP(コンプレッサー)
◎ PROCO RAT(ディストーション)
◎ GUYATONE 各種(エフェクター)

 今このリストを読むと、あの当時、無理してでも買っておけば今頃オークションで金儲…もとい、音楽制作の武器になったのに、と思う。

 そして定価の半額以下で買ったエレピだが、ひとつだけ問題があった。
 最近の電子ピアノは、やたらにスタイリッシュである。どこへ置くにしても、左右の足(板による支え)のみで成り立っている物が多い。ダンパー(サスティン)ペダルは弾くときだけ足下に置き、普段はすっきり。

 ところがワシの買ったモデルでは、ダンパー(サスティン)ペダルとソステヌート/ソフトペダルが、左右の足を固定する橋渡しの木に直づけしてあった。そうすると、頻繁に使う資料や譜面・ファイル等が足下に置けそうで置けない。中途半端な位置と高さにある木の渡し。ワシは、一念発起して改造に取りかかった。

 取り敢えずドライバーを使い、真ん中の橋渡しを外す。エレピを左右に揺すっても、充分な強度がある。試しに鍵盤を弾いてみても、演奏の妨げになるようなグラつきはない。よし! と思ったが、またしても問題発生。

 エレピでもシンセでも、ピアノの音色で演奏する時にサスティンペダルは必需品だ。演奏出来なくはないが、やはりピアノらしい余韻があってこそなので、シンセでも大抵は専用の端子があり、ペダルを買ってきて挿せばサスティンペダルとして機能する。ところがCLP-550では、本体部分(鍵盤)と橋渡し部分のペダルが専用のコネクタで接続されているので、外付けのペダルを買ってきても挿す場所がない。

 じゃあどうするか。ワシは鍵盤の側とペダルを結ぶコネクタを外し、ペダルを踏みながら、どの端子がどうなったらサスティンが踏まれた状態になるのかをテスターで確認し、秋葉原のジャンク屋へ向かった。先ずは同じタイプのコネクタを探し出し、パーツショップであれこれ調達し、あらかじめポラリティ(極性)をチェックしておいたペダルを楽器屋で買い、自宅で作業開始。

 手の平に載るほどの適当なプラスチック製の箱にリーマーで穴を二つ開け、標準 6.3mm用のジャックを付ける。次にジャンク屋で買ったコネクタに付いている被覆線をバラし、ピアノのコネクタと組み合わさった時に上手く機能するように配線・半田付けしたら、両方のコネクタを結合し、自前の変換ボックス完成。これで単品のペダルを挿す事が出来るようになり、足下はすっきり快適になった。ファイリングのボックスもタワー型のマシンも置ける。

 だがしかし、意外なところに落とし穴があった。オリジナルでもコピーでも、ピアノを弾いてMIDIデータとして演奏を記録している時のこと。右足でサスティンペダルを踏もうとしたら、無かった。ペダルが。
 単体で買ってきたペダル。裏側はゴム製で、滑らないように凹凸があるのだが、演奏に没頭していると徐々に徐々にずれていく。そして心の中で「後はエンディングを弾いたら終わり。情感を込めて、丁寧に、丁寧に……」とか考えていると、あるべき物がない。「……あれ?」。

 ワシの部屋では、
「消えたペダル・空を切る右足・残り8小節の罠・質屋のピアノ・真夜中の落胆・弾き直しの悲劇・湯けむりはユニットバス」みたいな事件が二ヶ月に一度ぐらい起きる。密室とかトリックとか愛と憎悪とか東尋坊とか家政婦は出てこないが、精神的ダメージの大きい事件。…とか嘆いてないで、練習、練習。弾くべし! 弾くべし!

 ♪一杯の〜珈琲から〜 …じゃなくて、偶然にも質屋で見つけた一台のピアノから、様々な音楽に出会い、様々な音楽を弾いたり創ったりするようになった。ワシにとっては不思議な縁。ビミョーな物語である。


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面白半分


 「あの野郎、半殺しにしてやる!!」
 という物騒な台詞から始まるが、今回はワシが言葉について考えてみた話である。

 その1
Q.半殺しは何故、「半」殺しというのでしょう?

  辞書を元にすると「死ぬほど痛めつけるから」みたいになるだろうが、違う。

A.「全殺し」だと、ただの殺人だから。

 その2
Q.たった今、太郎さんが半殺しにされました。太郎さんは運悪く、
  また半殺しにされそうです。太郎さんの命はどうなるのでしょう?

  算数の時間っぽく考えると、

A.半殺しの半殺しなので 半殺し × 2、
  1/2 × 1/2 = 1/4  四分の一殺し。   …違う。

  ダメージは加算されるので、この場合かけ算ではなく、足し算。
  最初の状態が 一人 = 1 なので、
  1 −( 1/2 + 1/2 )= 0 ゼロ、すなわち死。というか計算以前に

A.半殺しの後すぐさま半殺しにされたら、たぶん死ぬ。

 ※かけ算だとすると、1/2 × 1/2 × …を何回繰り返してもゼロにはならない(1/4、1/8、1/16、1/32…)。なので、半殺しどころか永遠の命になってしまう。

 同じような言葉で、「半人前」というのも考えた。
「なんでぇそのへっぴり腰は! お前みてぇな半人前にゃ百年早え!」とか、なんとなく職人さん的な香りがする。何がへっぴり腰なのかはさておき、また問題。

 その3
Q.女子十二楽坊の中の一人がコンディション不良で、厳しいダメ出しを喰らいました。
 「おいおい、どうしたんだ? こんな半人前みたいな演奏を人様に披露するのか!?」
  女子十二楽坊は、何楽坊になるのでしょう?

A.女子十一・五楽坊   …ギャラは何人分? 弁当は?

 その4
Q.では、女子十二楽坊の中の二人が「半人前だ!」とダメ出しされた場合、
  女子十二楽坊は、何楽坊になるのでしょう?

A.女子十一楽坊   …消えた一人は何処へ? ミステリ〜ぃ。

 その5
Q.十一楽坊になりかけて困っていた女子十二楽坊ですが(実際は十四名いる)、
  急遽、海外で活動していた超絶技巧な人がゲスト参加する事になりました。
 「本当!? 凄いわ! ○○さんがいれば百人力ね!」
  さて、これで何楽坊になったでしょう?

A.女子百十一楽坊   …新譜のジャケ写は「X∞増殖」。

 以上の雑念を踏まえて、以下の問いに答えて頂きたい。

 その6
Q.花子さんは、いつも半身浴をしています。ところが、
 「今日は眠いし、軽めにしようかな」と、半分だけにする事にしました。
  どんな入浴法でしょう?

 「半身浴の半分だから『四分の一身浴』」と答えた人、外れ。

 A.足湯

 冗談ばかりではあったが、日頃使っている単語や言い回しなどを、何でもいいからあれこれいじくってみると色んな言葉遊びが出来る。頭も使うし、日本語を考える事にもなる。
 巷では脳を鍛えるというのが流行らしいが、携帯型ゲーム機を買わなくとも、発想次第で結構遊べるのではないかと思う。そんなこんなで、またしても煩悩だらけのコラムであった。

 最後におまけ。友達数名とラーメン屋に行って、次の台詞を一気に喋ってみよう。

「味噌ラーメン二つ、しょうゆ一つ、餃子二枚、あと大盛り半ライス二つ」

 ♪どんな騒ぎが起こります〜やら、おたの〜しみ。また次回。


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不幸招き・2


 ちょうど四年前の今頃、「不幸招き」というコラムを書いた。思うところを全て書いたのだが、色々な理由があって途中までで留めて掲載した。本日、四年越しに改めて全編を掲載する。前回の文と併せているので、わざわざ前の物を読む必要はない。では、スタート。

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 踏切事故、踏切自殺。何故に踏切で人の命が絶たれるのか。小説やドラマ、ゲームの中など、ありとあらゆるところで出てくる表現、それが「踏切での絶命」。ワシが時折使う中央線も、もうかれこれ15年以上かけて工事をやっておるのに、さらに事故が増えるという結果になっている。

 「開かずの踏切」「開かずの扉」「縁切り」…何か、縁起の良くない響きを感じる。「踏切」と書いただけで、何を連想するか。「あかず」と出るか「とおせんぼ」「とおりゃんせ」と出るか。どう転がっても、あまり気持ちの良い物ではないと思う。

 以前に某アニメで、黒い背景をバックに赤や青・黄色などをランダムに、かつ高速で点滅させる描写があった。そして、それを見た子供達の一部にてんかん症状が現れた、という事件があった。あれには意味がある。

 「赤」=ぜったい危険。「黄色」=注意。「青緑」=安全です。
 これは、信号の色である。“あか、あお、きいろ”と言うが、その“あお”は、自然界における草木などの“安全な緑”を示す、微妙な色をしている。故に、信号の“あお”は、グリーンなのだ。セーフティを示す。

 「夜の踏切」。都会の真っ暗闇に、ぽつんとだけある光景。これは、どう見たって縁起が良くない。怪談話も多い。これも理由があると思う。

 「真っ暗闇」とは、畏怖の象徴だ。都会には本当の真っ暗闇がない。田舎の方へ行って、月も見えない街灯もない本当の真っ暗闇を体験すると、それが如何に怖いかわかる。目の前にかざした手が見えないのだ。

 「赤の点滅」は、警告である。緊急警報発令、パトカー、救急車。「命の危険なんです! すみませんが、渋滞でもなんでも、車の人達避けて下さい!緊急なんです!」。そういう事情があり、もの凄い音を立てて消防車も何もかも疾けてゆく。通行人も車の人達も、何事が起こったかと驚く。そして「きっと何か事故か事件があったんだろうな…」と、不安になる。

 この条件が組み合わさったものが、夜の踏切だ。
 「暗い場所」+「赤の点滅」+「半音で音をぶつけた不協和音」=「死ぬ」、が連想されるのだと思う。その時に、何かのストレスが溜まっていたり、落ち込んでいたり、ため息の一つもついてしまうと、本能的に吸い寄せられてしまうのだと思う。

 パトカーや救急車のランプのように、赤く光る物というのは警告を発するものだ。自然界で闇夜に赤く点滅するものは、ほとんど無いと思う。蛍は、蛍光色とも呼ばれるように安らぎを感じさせるから、美しいし心が和む。

 遮断機の色も、蜂の色と同じである。黄色+黒で、警告。「危険ですよ」だ。遮断機は、現状すぐにトンネルを掘ったり高架橋に出来ないのでしょうがないが、赤の点滅は、怖いのだと思う。

 そうすると、車の世界は安全に思える。「赤も青も、点灯したら光り続ける。切り替わる時だけ、点滅する」からだ。これは、電車の世界でも使えないのかと思う。

 ワシの理想論。
 車の信号機を、そっくりそのまんま持ってくる。何故なら、新しい踏切用の信号を設計するコストが省ける。それで、赤を点滅させない。闇夜の点滅は怖い。道路信号が、それほど怖くないのは、そのためだと思う。

 あとは、昔からあるあの「カン、カン、カン、カン………」が、よろしくない。ヒッチコック映画などで使われ出した、半音でぶつけたりする不協和音。これは、異変や恐怖を感じさせる。鉄道会社によっては“ド+ミ”のような安心できる響きになっているが。
 自然界で不気味に聞こえる音は、ピアノのようにカッチリとした12音階ではなく、さらに複雑な音が混ざり合う事によって生まれる物だ。強風の中、電線がうなるのを「いや〜、いつ聞いても心が安らぐねぇ」という人は、あまりいないと思う。

 兎にも角にも、あれは「最悪の条件が全て揃ってしまった場所」なのだ。
 「赤は、つけたらつけっぱなし」+「音をマイルドにする」。もう、これでいいと思う。

 この世の不思議にも、おそらくは何か理由があるのだ。不思議な物、神秘性、そういう物に惹かれること。それは、すなわち何かの本能が自分の中に眠っている事を示す。軽い気持ち、興味本位で本能的な領域に踏み込んではいけないのだと思う。警告を出し過ぎると、それは事故を招くのと一緒である。

 自然界にない光景・音は、すなわち恐怖に繋がるのだ。

 誰でも見ることが可能な掲示板に意味ありげな文言を並べてエサを撒き、クリックしたらグロテスクな画像にジャンプさせる(ジャンプ先のURLを貼り付ける)という行為。「精神的ブラクラ」という俗称らしいが、やっている事は精神的・匿名無差別テロ行為だ。
 そういうものを仕掛ける人は、人間が本能的な恐怖を味わった場合、取り返しの付かない事になる可能性を考えないのだろうか。

 考えないか、考えられないのだろう。

 考える事が出来るのなら、公の場所で個人の名前や住所/電話番号を勝手に晒して罵倒したり、企業名や組織名、宗教法人、政党、有名人の名前を挙げては、雑誌の受け売りな噂話を事の眞相であるかのように書き殴ったり、匿名で「氏ね」=「市ね」=「死ね」などという非人道的な書き込みはしないと思うからだ。

 一般人でも有名人でも、近所の駄菓子屋でも世界に名だたる大企業でも、匿名で無責任に罵倒されていいなどとワシは思わない。「理屈と理由があっての批判」と「ムカつく。マジで死ね」は天と地ほど違うし、内部告発と外からの誹謗中傷も別物だ。

 我々に出来る予防策は、危険な場所には極力近づかないという事だけである。

 そこを舞台に大多数が集い、一斉に非常識な行動を起こし、不特定多数を驚かせ、マスコミに取り上げられると大喜びする。それを「祭り」と称して奇行を繰り返している。神社・仏閣という神聖な領域に土足で踏み込むような真似をしておきながら「迷惑かけなきゃいいだろ」などと罰当たりな言い訳をする。
 そこを舞台に幾つもの傷害事件が起きている。そこを舞台に麻薬の売買が行われ、逮捕者が出ている。そこを舞台に幾つもの犯行予告があり、実際に殺人事件が起きている。

「行ってみないと判らないよ。俺は出入りしてるけど平気だぞ。お前、行ってもいないのに危険って決めつけるなよ! 偏見だぞ!」という友達がいても、既に幾多の事件が起きていて、その地帯の外にいる人間まで巻き添えになっている状況ならば、興味本位で行かない方がいいと思う。

 行ってみて事件が起こり、不幸にも死んでしまってから
「あいつは運が悪かったんだよ。楽しいところも沢山あるからさ。行ってみないと判らないって。俺は出入りしてるけど平気だぞ。お前、行ってもいないのに危険って決めつけるなよ! 偏見だぞ!」と、先の友人が別の友達を誘っていたら、死んでも死にきれない。

 ワシは、そんな死に方はしたくない。

 わざわざ不幸を招く事は、しない。やらない。
 それだけだ。


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