世にもビミョーな物語 11頁 No. 101〜110

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  1. チータの足は、遅かった 2004/03/04
  2. 自分の音楽 2004/03/09
  3. iPodの便利な使い方 2004/03/14
  4. 一枚の色紙 2004/03/21
  5. 妄想族 2004/04/04
  6. “超”マニア 2004/05/08
  7. 殺人を呼ぶ子供達 2004/07/03
  8. カラオケ屋さん・ダーツの旅 2004/07/15
  9. こどもの遊びを考える 2004/08/27
  10. TOKIO = ゴレンジャー説 2004/09/22

チータの足は、遅かった


 チータこと、水前寺清子さんの有名な歌「三百六十五歩のマーチ」を知らない人はいないだろう。いくら若い世代でも、この曲ぐらいは知っていると思う。CM等でも替え歌となって使われていたりするので、ワシが今さら「しんーあわっせわん〜〜にゃっ!」と書くまでもなく…と、今日も結局書いている。

 それはさておき。ワシはなんとなく、この歌詞を考えていて疑問を感じた。丁度手元に歌本もあったので、じっくり眺めてみた。

 この歌詞の意味するところは、おそらく
「人生は長い。辛い事も苦しい事もあるけれど、休むことなく一歩一歩進んでゆけば、必ずや幸せにたどり着ける」という事だと思う。
 しかし、一番有名だと思われるくだり「一日一歩、三日で〜」というのが、とても妙だとワシは思った。ここから霊によって霊の如く、いや、それだとちょいとホラーなので例により礼を重んじて重箱の隅モードに突入するので、予め気持ちの準備をお願い申し上げる。

 先ず、タイトルである「三百六十五歩のマーチ」というものは、最も重要だと思われる「三歩進んで二歩さがる精神」をモットーに、一年をかけて、じっくりと三百六十五歩進んでいこう、という解釈で正しいのだと思う。三番の歌詞にも「一年三百六十五歩」という言葉が出てくる。だが、この「三歩進んで 二歩さがる」の解釈で、ワシは悩んだ。

 説明する。
 この主人公、チータこと水前寺さんは、一日一歩、前に進む。三日で三歩なのだから、水前寺さんは「一日に一歩だけ進む」。ここ、解釈はとても微妙だろう。今あっちゃこっちゃで揉めている憲法と同じぐらい、ワシにとっては重要課題だ。
 言い換えると “二十四時間で一歩、前か後ろにしか移動出来ない” とも考えられる。つまり、三歩前に進むのには三日を要するし、二歩さがるためにはさらに二日を要する。よって、最終的に “一歩分だけ前に進むためには、正味五日かかる” のだ。わっかるっかなぁ、わっかんねぇかもなぁ、シャバダ〜♪

 そうすると、山あり谷ありの人生を例えたであろう三百六十五歩分の道のりを進むためには、五年という歳月が経過してしまう。いくらじっくりじっくりの人生であっても、それはちょっと遅すぎ、慎重すぎやしないか。石橋を叩いて渡る、ということわざがあるが、見た目には建設業界の人がコンクリの強度やら何やらを確認しているような姿になるかと思われる。

 厳密には、いつかの算数の時間で習ったようなややこしい計算が必要となり、ほんの僅か五年に満たずして三百六十五歩分に到達するし、さらには閏年があった場合にどうなるか等と、もうそんなこたぁどうでもいいという気分なのであるが、これがワシの疑問なのである。

 千里の道も一歩から、等と言うが、一里とは昔の単位で約4kmである。4,000kmを水前寺さんのペースで進んだら…と思うと、少しばかりゾッとする。日本で千里を歩こうものならば、大昔に全国歩いて測量して地図こしらえた健脚爺さん、失礼、伊能忠敬様のようになれるやも知れん。

 という訳で、この「三百六十五歩のマーチ」という歌は、元気よく生きていくための応援歌というよりは、恐ろしく気の長い人の歌だという事に、今この瞬間、ワシが認定した。
 そしてもう一つ、とても大切な事が判った。こんな事ばかり考えているから、ワシにはいつまで経っても幸せが歩いて来ないし、いつまで経っても自分が前に進んでいかないのだ。自分で考えておいて、自分でやっと気が付く。これで、0.5歩分ぐらい進んだであろうか。明日からは、もう少しだけ足を早めてみようかと思う。

 ついでに、いつもの友人夫妻宅へお邪魔した時の事を付け加えておく。以前のコラムでも書いたように、ワシはウルトラマンについての熱い思いを語って…いや、勝手に熱弁を奮ってきたのだが、奥様はビミョーに笑い、友人はワシに向かって「リアリストだからな。」と、この上なくぞんざいに言った。ちっとも褒められた気がしなかった…って、最初っから褒められてない気もする。

 今年はなんとか幸せが来る事を願い、老体に鞭打って頑張る事にしよう。それ、ワン・ツー、ワン・ツー、ジャブ、ジャブ、クロスカウンター。違うって。


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自分の音楽


 過去、幾度か人様のサイトに曲を提供させて頂いた。その中でも特に印象深かったのが、「Piano Girl 〜 ピアノ連弾のための小品 〜」という曲を書いた時のこと(「棚からわしづかみ」のコーナーにて公開中)。

 今は多少形態が変わってしまったが、以前のような音楽主体のサイトであった頃、時折メールを頂く事があった。「○○○という曲を、私のサイトで流したいのですが、よろしいでしょうか」というものである。「Piano Girl」に関して言うと、本当は(今はなき)なりきり君の某曲に対するリクエストであった。が、ワシはそれが不本意でならず、こう返事を書いた。
 「あれは、あくまでも人様の曲のパロディなんです。ですので、すぐにオリジナルを書きます。少々お待ち頂けませんでしょうか」

 そして速攻で曲を書いて贈った。実はその方、中国にお住いの日本人で、主にあちらで暮らす日本の人達への情報だとか、近況を綴った日記などのコンテンツが中心であった。

 最初にメールでURLを教えて頂きサイトを見に行った時、呆気にとられた。とてもとても大陸的な、中国の伝統を感じさせるような素晴らしい曲が流れていたからである。その上でワシに対してリクエストを…と考えて、少々困った。これだけ情緒溢れるものが既にありながら、ワシなんぞが曲を書いて良いものだろうか、と。

 でも、リクエストにはお応えしたいのがワシ流のサービス精神である。ワシが、その方のサイトを見て感じた物、同じユーラシア大陸の東で暮らす者として、様々な事を考え、思いを巡らし曲に仕上げた。そして、贈らせて頂いた。

 すると。
 次の日から早速トップページで、ワシの曲が流れるようになった。さらに驚くべきは、その方のゲストブックで「BGMに聞き入ってしまいました」「すばらしいHP&BGMで感動しました」(原文ママ。無断転載許してね、Hさん)等という書き込みが現れるようになったのだ。

 そのお方からは、大変にご丁寧なお礼のメールを頂戴した。ワシとしては、「とんでもない、こちらこそ私のような名もない一個人の曲を気に入ってもらえて、それが人様のサイトに少しでも華を添える事が出来たのなら幸いです」という思いで一杯だったので、こちらからも感謝の気持ちをメールに託して送った。

 さらには、その曲を気に入ってくれて、同じく中国で暮らす方から「ピアノをずっと習っていたのですが、もしもこの曲の楽譜がありましたら…」という、ワシにとってはおっそろしいメールが届いた。

 ここはMIDIの良さである。ワシが使っている Logicという打ち込み系アプリは、スコア(楽譜)の機能だけでも十分すぎるほどのクオリティがあり、そのまま市販のスコアとして使えるレベルの物が作成可能である。なので、あれこれいじるまでもなく連弾用のピアノのスコアとして即座に譜面は出来上がり(MIDIで作成した物が、スコアのウィンドウではほとんど完成品になっており、それを多少いじるだけだった)、国際郵便で送付した。その方からも丁重なお礼のメールを頂いた。

 偶然、同じアジアに暮らす人がワシのサイトを人づてに知り、曲をリクエストし、ワシが応えた。それを国境を越えた処で暮らす人達が聞いてくださった。自分が創った曲が、海を渡った。

 実は、それ以前にも似たような事があった。数年前、とあるオンラインゲームのベータ版があるというので、それにベータテスターとして参加した。その中で、何故か曲をこしらえた。友人が歌詞を書いてワシが曲をつけ、mp3として発表した。
 すると、規模は限りなく小さくとも同じゲームに集う海外の人達までが、それを聞いてくれたのだ。まさか自分の曲を海外の人が聞くとは夢にも思わなかった。アメリカ人のおじさん、オーストラリアの青年、ヨーロッパの子供達。様々であった。

 この喜びは、コピー音楽では絶対に味わえないと思う。同じように自分が作成したMIDIデータやmp3を世界の誰かさんが聞いて感動したとする。でも、それが自分の曲なのか、日本で商業音楽として流通するものなのか。不謹慎を承知で言うが、原曲にとことん忠実なコピーを聞くぐらいなら、犯罪支援/助長ツールWinnyでも使って、何処かの誰かが保持・共有しているmp3を探して拾ってくるがいい。不正にな。

 Standard MIDI File。今ではXGやGSなど、メーカー固有の規格があれこれ存在しているが、最低限、メーカー固有の情報を一切含まないSMFであれば(物理音源でもエミュレータ的な物であっても)必ずや鳴る。音の種類が少なければ、最低最悪ピアノだけでいい。ドラムはピアノを用いた別の形で表現する。ピアノが入っていない音源はないと思う。※初代ファミコンなどのPSG3和声+ノイズジェネレータは説明が厄介なので除く。

 そして、MIDIは自分の音楽を伝える為の「手段」である。「技術的に優れたMIDIファイルを作ること」が最終目標なのではない。ある音楽を作り発表しようとした場合、音楽的な知識・経験を元にして作曲・編曲を行い、データとして受け渡しのし易い形であり、ホームページなどで公開した場合、多くの人が容易に聞くことの出来るファイルのフォーマットがMIDIなので、ワシは自分の音楽をMIDIファイルとして書き出すだけだ。

 その際の知識・技術や技法は、自分の音楽を音として表そうとした場合の補助的な物であり、それは他人に説明する物ではないし、する必要もない。ワシは、ワシの技術論を聞いて欲しいのではない。自分の音楽を聴いて欲しいのだ。

 人に物を贈りたいと思った時、どこにも売っていない「自分の音楽」を贈る事が出来る。人のために曲を書く事が出来る。大げさな言い方になるが、ワシにとっては生きる糧である。

 自分が書いた曲を誰かが知っている。覚えていてくれる。お金とは無関係に、自分の曲を好きになってくれる人がいる。MIDIだとか、それ以前にコンピュータ等の機材の一切がなくとも自分の歌が人様の記憶に残っているのならば、それは自分の思いが伝わった事だと思う。

 メロディひとつ書けない人間がいきなり十万円の音楽機材を買い与えられたとする。だが、所有しているだけならば、それは機材でしかない。機材をどれだけ愛しても、どれだけのキャリアがあっても、自分の音楽は生まれない。
 例えば “MIDI歴十年選手”などという言葉で自分を誇示してみても、結果が伴わなければ「十年間、何をどうやったらここまで進歩しないんだろうという恥を自ら晒しているようなものだ。

 ピアノ一台、或いは自分の歌声のみでも「世界で一人の自分」を伝える事は出来る。言葉が通じない人ともコミュニケーションが図れる。ワシにとっては、日本語に次いで自分を表す事の出来る物、それが「音楽」だ。この世に二つとない自分の音楽。
 見知らぬ人に自分を伝える時に他人の褌は要らない。ワシは、自分の音楽で自分を伝える。言葉による表現は以上。後は、「棚からわしづかみ」にて。


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iPodの便利な使い方


 考えてみればこのページ、雑念・雑記、何でもありなのだから、本日は珍しい内容をお届けする。実は以前、某所にてアップしてあったものなのだが、おそらくほとんど誰にも読まれなかったであろう話。

 日頃、iPodという携帯型音楽辞書(ワシはそう解釈しておる)を使っていて、ある不便を解消するべく考えた方法である。以下、口調が変わるが、気にしない気にしない。

iPodで、長いプレイリストを内部的に簡単に区切る方法
「無音のセパレータ」

1 ) 空のmp3ファイルを作る
 どんなツールでも構いません。無音のaiffファイルを作ってmp3にエンコードしたり、既存の曲から音のない部分を切り取るのもアリです。極力短くて、ビットレートは小さい方が都合がいいです。面倒な方は、こちらをお持ち下さい(zipファイルです)。

2 ) プレイリストに放り込む
 あるアーティストのプレイリストを作るとします。そのアーティストはアルバムを10枚も出していて、一つのプレイリストにしてしまうと大変です。iPodで曲を探そうとすると、プレイリストで表示させた場合、曲のタイトルしか出ません。そこでiTunesのプレイリストの適当なところに、この空のmp3ファイルを入れるのです。リストをセパレート(=分割)するのです。

3 ) iPodに転送して、試してみる
 アルバム10枚、100曲あったとしても、このセパレータが入っていれば途中にはっきりとした区切り線が現れます。アルバムごとにセパレータを入れてもいいですし、自分が使いやすい、判別しやすいところにいれてもいいです。ご自由にどうぞ。
 もちろん無音ですし、短いファイルなので、それが流れた事さえ気づきません。iTunes、iPodに入れても問題はありません。

4 ) 注意
 プレイリスト上で、複数のセパレータを入れようとするならば、元の「--------」を、option + clickでコピーするわけですが、この方法だと、同じ曲(のように見える、無音ファイル)のエイリアス(のようなもの)を作り出している事になります。なので、どこかのセパレータの名前を変えると、全部の名前が書き変わります。誤って名前を変えてしまったならば、ライブラリには大元のファイルが残っているはずですから、それの名前をまた「--------」に戻せば大丈夫です。
 「-------」というのも、私がたまたま区切りとして見やすいので付けただけです。ご自由な名前、セパレータにしてみて下さい。あまりにも長いと、iPodに転送した時に後ろが切れてしまい、見栄えが悪くなるので、英数半角15文字程度でいいでしょう。

5 ) 応用
 4 ) の理屈を応用すると、セパレータどころかリスト上に勝手にタイトルが作れます。ライブラリには大元のファイルがキープされているので、これを物理的に単純にコピーして別のファイルにします。「--------」が、2個出来ます。それの片方をiTunes上で(例えば)「===中島ゆーみん===」みたいな名前にして、あるプレイリストに入れると、どんな順番でどんなアーティストが並んでいても、「===中島ゆーみん===」というタイトルが現れて勝手に区切ってくれます。iPodに転送しても同じです。
 iTunesならば、大きな画面なのでそんな区切りを入れる必要はないですが、iPodでこれが見えると、非常に楽です。プレイリストの中に、自分なりのプレイリストが作れるのです。

 ※プレイリストに表示されている曲名は、それ自身が曲データな訳ではありません。データベースのインデックスファイル(説明省略)なので、あっちのプレイリスト・こっちのプレイリストに同じ曲が入っていても、データが二倍にはなりません。解りにくい概念ですが、知らなくても大丈夫です。

 以上。iPodで音楽を楽しんでおられる皆様のお役に立てたら、これ幸いである。また何か便利な発見があれば、続編を書いてみたいと思う。


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一枚の色紙


 いかりや長介さんが亡くなられたのを、先ほど知った。ここ数年、いかりやさんの体調が思わしくない事はあちこちで報じられていた。リンパ節などの癌で入退院を繰り返し、退院後も病魔と闘いながら様々なドラマや映画等で活躍されていた事も知っていた。

 ワシの部屋には家宝がある。ドリフターズのサイン。荒井注さん脱退後、志村さんの時代のメンバー全員のサイン。それも、5人の名前に加えて中央にワシの名前「○○○○○○くんへ」と、長さん自らが書いて下さったものだ。これには、訳がある。

 TBS系列で「8時だョ!全員集合」が流されていたのは、1969年〜1985年の事だった。あまりの高視聴率ゆえに「お化け番組」と呼ばれ、また、見た目の破天荒さから「低俗」「俗悪」「食べ物を粗末にする」「教育上良くない」「子供に見せたくない番組」等とも批判されていた。

 ところが、ドリフターズが行っていた、テレビとは違う世界の活動をご存じだろうか。

 ドリフターズは、数々の俗悪なレッテルが貼られていた時代、チャリティ公演を催していた。まだワシが幼かった頃、ワシの遠い従姉妹が、そのイベントに参加した。それは視力が弱かったり、耳が遠かったり、様々なハンディを持つ子供達の為の公演だったのだ。この事実を知る人は一般に少ないだろうし、ドリフターズもテレビでそれを語った事は無いだろうと思う。

 その従姉妹のお父さんが、ワシが当時幼いながらもドリフターズに影響されまくっていて、寝ても覚めてもヒゲダンスをやったり東村山音頭を歌っている様を知っていたから、わざわざサインを貰ってきてくれたのだ。

 普通のドリフのイベントがあった場合、そう簡単に楽屋などには入れないと思うのだが、そのチャリティ公演ではワシが思うに子供達は気軽にメンバーと接する事が出来たのだと思う。だからそのお父さんも、わざわざワシの名前と熱狂ぶりを伝えてくれて、いかりや長さんもまた「○○○○○○くんへ」とドリフを代表して、イベントに参加していない1ドリフファンの為に、色紙に書いて下さったのだろうと思う。

 ワシは、毎週土曜日にテレビの向こうで大騒ぎして笑わせてくれるドリフターズが、そういう催しをを公にせずにやっている事を全く知らなかったし、ある日突然ワシの家に郵便が届いて開けてびっくり見てびっくり…というものだった。最初からイベントを知っていて、だだをこねた訳でもなかった。

 後に考えたのだが、もしも当時、ドリフターズがチャリティ公演をやっている等と誰かが語ってしまったならば、ドリフには、どこかの大学の“教育論者『みたいな人たち』”と教育委員会とPTAから「偽善者」というレッテルが追加されただろうな、と思う。だから言わなかったのだろう。

 最近までもこのサイトでやっていた「MIDIだョ!全員集合」というコーナー然り、その他の細かいネタ然り、ワシのコラム・言葉、人を楽しませたい、笑わせたいという気持ち。そのルーツはドリフターズだと思う。それ以降も、ビートたけしさんや数々のお笑い芸人さん達にも影響を受けまくったが、初期衝動は間違いなくドリフだと思う。

 「低俗番組」と言われながらも、後のドリフ大爆笑含め、「宇宙船に乗って牛乳を飲む」「台風がやって来て、家が左右に揺れまくって、しまいにゃ一回転」「夫婦で並んで布団を敷いて寝てはいるのだが、実際は垂直に立っている」「都会へ旅立つ息子との別れが辛くて辛くて、勢い余って電車と併走してしまう」等のネタは、全て発想の転換である。カメラさんがいて人間がいて、全て人力であってもこれだけの表現が出来る。しかも誰が見たってネタはバレているし、本人たちが真剣にやればやるほど可笑しい。

 「爺さん三人組(ブーさん、長さん、仲本さん)が、墓参りに行くのに90度の絶壁を登ったり、強烈な向かい風に煽られて飛ばされてみたり」等も、生番組ではないドリフ大爆笑で、画像合成等の技術が進化した事で出来る、笑いの表現だ。

 「宇宙船で牛乳」や「壁を苦しそうに登っているが、ある時突然立ち上がってネタばらし」などは、最近のお笑い芸人さんもやっているし、その度にワシは大笑いする。若手芸人さんも、そのネタの本家本元がドリフじゃないにせよ、先輩達の発明/伝統的技法を踏襲しているのだろうと、ワシは嬉しくなる。もしかしたら、この芸人さんも自分と同じようにあのシーンを見ていたのかも知れない、と感じるのだ。

 ライオネル・リッチーはドリフを見ていなかったと思うが、偶然同じ事を「Dancing on the Ceiling」という曲のプロモーションビデオでやっていた。カメラが部屋のセットに固定され、その部屋が回転する。ライオネル・リッチーは楽しそうに歌いながら壁や天井を歩いていた。

 今では誰でもやっている「最初はグー」を日本で最初に公の場でやったのは、志村さんだ(1981年2月7日の全員集合での事)。その時には、卵が犠牲になろうがスイカが犠牲になろうが、ワシは純粋に可笑しかった。そして、可笑しいながらも「やっぱり卵は卵だしスイカはスイカだし、あれはドリフだから許されるんだよね。テレビで、みんなを笑わせたくてやっているんだよね」と、理解していた。
 ドリフを極度に軽蔑・批判していたのは、日本全国の別の意味でおかしい学者・教育論者・PTAの連中だというのも理解していた。

 どんなに馬鹿馬鹿しいギャグでも全員が体当たりで、怪我も覚悟、批判も覚悟でやっていた。だから、ドリフターズが好きだった。

 そのリーダー、いかりや長さん。
 ある時は貧乏家族の言うこと聞かない悪ガキ達をどやしつけながらまとめようとする口うるさい母ちゃんだったり、最初に「俺は泥棒だ」と名乗ってしまう泥棒一味のリーダーだったり、風呂屋に行ったらとんでもない目に遭うお客さんだったり、殺伐としたサスペンスドラマの中の人情味溢れるベテラン刑事さんだったり、恐ろしい事件の犯人だったり。…ベーシストだったり。

 「長さん、ありがとう」とも言いたいが、それはちょいと違う。
 ブーさんは、涙しながら「ばかやろー」と言ったそうだが、それもワシにとっては違う。

 「ありがとう」という代わりに、ワシは北海盆歌の替え歌を口ずさみ(全員集合のオープニング)、「隣組」の替え歌を心の中で歌い(ドリフ大爆笑のオープニング)、風呂に浸かったら「ババンババンバンバン♪」と歌い、マシンを落とす時には「次の回も一生懸命頑張ります、ご機嫌よう〜〜〜!」という、ワシがMacintoshを買って最初にテレビからサンプリングした音ネタ、大爆笑の一番最後のダミ声を聞いて眠る事にする。

 それが、ワシから長さんへのご挨拶だ。惜別のメッセージなんていう悲しい言葉は使いたくない。だって長さんだからだ。
 雷様は本当に雲の上に行ってしまった。でも、まだ一人だ。…不謹慎ながらもこういう事を書いてしまうのも、長さん含めドリフのせいだ。ところが気が付けば「なんだバカヤロー」の人が待っているではないか。ワシが幼すぎて全くお世話にならなかった、怖い顔のおじさんが。

 雷様、うちのサイトがあまりにも手抜きだったり、やっつけだったら、雲の上から「ダメだこりゃ」と一声お願いします。そしたら、なんとか一人で効果音入れて、一人でずっこけ、人を楽しませようと努力します。まだまだ私にとってのドリフターズは終わっちゃいません。逆です。これからです。

 雲の上の雷様と、まだ地上にいるドリフターズの皆様も含めまして。
 テレビという表面的な物しか見ないで「低俗だ」「教育上良くない」等と批判していた阿呆な連中が知らない皆さんの優しさ。私はその優しさが詰まった色紙を胸に、散々授かった楽しさ、馬鹿馬鹿しいけれどお腹の底から笑う喜びを、おこがましくも毎週土曜・夜八時のドリフターズを知らない世代に伝えていこうと思っております。

 …でも、PTAやら何やらが怖いので、卵とスイカは使いません。やるならば、私の言葉と音楽でやります。最後の「盆回り」、諸般の事情で流せませんが、♪ん、ちゃんちゃんちゃん ちゃんちゃかちゃんちゃん…と、締めます。以上、お達者で、長さん! 長介 Forever!

 追伸:以前、このサイトには「なりきり君」という、「もしものコーナー」のような企画がありまして、そこで「ジャコ・パストリアスによるドリフターズ・メドレー」「小室のズンドコ節」というネタをやっておりましたが、諸般の事情で流せなくなりました。わたくしの管理不行き届きを、雷様、どうかお許し下さいませ。


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妄想族


 常々疑問に思っている事がある。
 警察の皆々様が“春の全国交通安全運動”等という触れ込みで、有名タレントさんを一日署長に招いては安全運転を呼びかけたり、事故の危険性を訴えたりする。これはいいのだが、「春の/秋の」と言わず、一年を通じてそれらをアピールすべきではないかと思うのだ。

 そこで、ひねくれ者のワシなりの交通安全運動というか、交通安全に関する話を語ってみる。「ゲームによる、オートバイでの暴走行為の抑制と交通事故の防止」という仰々しいタイトルだが、要するにワシの妄想である。

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 igarin's Lab. Presents
「 Extreme Driving Simulator 妄想族 2004 」
 〜 俺の生き様、よう見とけや 〜

“仲間と疾けた、あの日の道路(みち)へ。元ヤンキーの魂が熱く熱く燃え上がる。大人になっても未だ心は未成年。今日で停学九日目、酒も煙草も当然禁止。でも盗んだバイクで走り出すそんなあなたへ贈る、究極の妄想シミュレータ”

・推奨動作環境(ハードウェア)
 PentiumでもCeleronでも、とにかくブッちぎりの最速。臨場感を高めるため、有無を言わさず20inch以上のモニタ3画面。
・推奨動作環境(人間)
 ツナギ、学ラン、あるいは特攻服など、各自思い出の詰まった格好。あとは家族の冷たい視線に耐える気合いと根性。

・付属コントローラ
 バイブレーション機能搭載ノーマルハンドル仕様バイク型筐体。タイプAは原付型、タイプBは自動二輪型。
・付属アイテム
 超ハイパワー式扇風機、せっかく30分かけてキメた髪型を崩さないネックバンド方式のサラウンド機能付きヘッドフォン、交換用カマキリ型ハンドル、半キャップ、竹やりマフラー、のぼり、各種ホーン等。
※初回限定版のみ、ステッカー(「仏恥義理」「夜露死苦」)が付いてきます。

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 上記を総合してみると、あなたの部屋にはSEGAのハングオンにTAITOのダライアスを足して3をかけちゃったような、世にも奇妙な空間が出来上がる事だろう。だが、見た目はヤバくとも、絶対に近所迷惑をかけてはならぬ。そのためにヘッドフォンが付属しているのだ。

 スタートに、マウスや本体のキーボードを使うような野暮な真似はしない。イグニッションを回す(お好きな方には「時間制限付きハンドルロック解除&ビニール線直結起動モード」あり)。その瞬間、ヘッドフォンから「ブルルルンブンブンブンブンブン…」という懐かしのサウンドが流れ、あなたの身体にはバイブレーション機能により心地よい振動が伝わる。

 グリップに内蔵されたセンサーは、常にあなたの指先から心拍数を感知し、自動制御で快適な振動を送り出して全身のコリをほぐすと同時に、適度な刺激を与える。有酸素運動モードに切り替えると振動とその角度が変わり、腰回りの筋肉に負荷がかかり、ダイエットにも効果がある。

 さらには筐体に内蔵された強力なモーターにより吸引された部屋の空気が、これまた内蔵された空気清浄機を通過し花粉もダニの死骸も取り除かれたのち後方のマフラーから大量のマイナスイオンと共に部屋一杯に広がる。二酸化炭素が出るわきゃない。なんとなくいかがわしいが、環境には優しい。
 勿論、モードによっては「ポォンポンポンポンポンポン…」という排気音も用意されているので、様々な過去…いや、様々なユーザーの様々なニーズにばっちりお応え出来る。

 辺りを見渡せば、秒間7,700万ポリゴンで描かれた仲間達が、既に気合い入りまくりで爆音を轟かせながら雄叫びを挙げている(孤独を好む方には「シングルモード」あり)。その姿を見、その音を聴いた瞬間、あなたの記憶は一瞬にして蘇り、熱い手の甲……いや、熱い思いがこみ上げてくるであろう。

 一斉にマシンを走らせる。現実かと見まごうばかりのグラフィックが流れ、それに連動して、筐体前方に置かれた扇風機が始動する。スロットルを全開にしても何ら問題はない(当然、隠しコマンドによる「リミッター解除モード」あり)。ここは部屋の中だ。

 ホーンを鳴らせば、実際に公道でダミーヘッドを使用して24bit/192KHzでサンプリングされた超ハイクオリティな「ゴッドファーザー・愛のテーマ」が鼓膜を叩く。
 きちんとドルビーなんたらかんたらで後方から聞こえてくるし、対向車があれば相手のクラクションは前方より発せられ、ドップラー効果がかかり後ろへ逃げてゆく。パトカーのサイレンも、遙か後方より絶妙にボリュームを上げながら徐々に徐々に迫ってくる。

 赤信号を無視しても一通を逆走しても80kmオーバーでも、この空間の中であれば切符を切られる事も白と黒のツートンカラーの車に乗せられる事も一晩寒々しい場所で過ごす事もない(捕まったらゲームオーバーとなる)。
 その代わり、これまた秒間7,700万ポリゴンで描かれたマッポの皆様が、あなただけ、あるいはあなたを含む仲間達を徹底マークしてくれる。

 心ゆくまで追いかけっこするも良し、逆に仲間達と共にホーンで煽るも良し。ただ、あまりにも入り込み過ぎて現実に大声で煽ってしまうと、それは謎の絶叫となり、近所で噂になったりアパートを叩き出されてしまうので注意。

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 いかがなものだろうか。このシミュレータで日頃の憂さを晴らし、爽快な冷や汗をかき、新たな活力を得て再び日常生活へと戻ってゆく。

 シミュレータというのは、計算などにより様々な現象や物事を再現すると同時に、人間がそれを体験することで危険を冒すことなく特定の事象を体感したり、危険性を知る事が出来るものである。乗り物の世界では訓練に用いられ、事故を限りなくゼロに近づけ人の命を危険から護る。我々がゲームとして遊べるのは、コンピュータの処理能力が高まり余裕が出来たからだ。

 この妄想族シミュレータ、考えてみればなんとかなる。いや、別に乗りたい訳ではないのだが。

 例えば筐体の原型は、大型家電量販店などで売られている、乗馬するような形の健康器具と大型のマッサージ器を組み合わせ、空気清浄機を組み込み、強化プラスチックでそれらしき外観をこしらえ、あとはハンドルやマフラーをバイクメーカーから調達する。
 7,700万ポリゴンの交通機動隊その他はゲームメーカーさんの世界で(作ってくれるところがあればの話)、20inchディスプレイ3画面などのハード的な事柄はお金さえあれば実現出来る。

 このシミュレータを現実に作り、ついでにオンラインゲームにしてしまえば、全国の族の皆さんが自宅の四畳半で安全に暴走したり安全にイキがったり出来る。北海道と九州の族の皆さんが仲良く一緒に蛇行運転出来る。何か書いていて妙だが、これだってテクノロジーの使い道だ。

 かなり不謹慎な表現が出てきた事は深くお詫び申し上げるが、これがワシ流のひねくれた交通安全の訴えである。実はこの手のネタ、まだまだあるのだ。下手すると、7〜8回ぐらいシミュレータのネタが続く。が、それもまたつまらんと思うので、日本語の部屋にでもぼちぼちと書く事になろう。

 そういえば、警察の一日署長というのがあるならば、いが研の一日所長というのもアリかと思った。が、考えてみればここの一日所長になったって何のメリットもない。ワシ本人が言うのだから間違いない。一日どころか三百六十五日所長だぞ。

 ところで、何故あのホーンは「ゴッドファーザー・愛のテーマ」なのだろうか。「エデンの東」や「ただ一度の機会(会議は踊る)」では気が抜けるからだろうか。…こんな事を考える毎日ですよ。どなたかやってみますか。一日所長。


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“超”マニア


 丁度、昨年の今頃であっただろうか。ゲームセンターという若人のスポットにはとんとご無沙汰であったので、物珍しさから入ってみた。
 すると、少々前に大ヒットしたプリクラ関係もまだ数多かったのだが、驚いたのは、俗に言う“音ゲー”の多さである。ちょっと思い出しただけでも、ビートマニア、ぽっぷんみゅーじっく、ギターフリークス、太鼓の達人、ドラムマニア等々。

 一応音楽好きなもので、適当にぽっぷん〜等を試してみたが、どうも要領が掴めない。音楽の五線紙と違い、音符に該当するものが上から降ってくるのだ。ちょうど近くにあったビートマニアの鍵盤部分が多い物(高難易度)を見てみると、「あなた何者ですか?」と問いつめたくなるような荒技を涼しい顔してプレイしている兄ちゃんがいて、恐れおののいた。

 で、少なくともワシなりに楽しめたのは、単純にビートを刻む太鼓の達人とドラムマニアであった。特に太鼓の達人は、小さな子供から大人までが気軽に楽しめる素晴らしいゲームだと思う。優しい曲でも難しい曲でも、それなりの音の割り当てが設定されており、コツさえ飲み込めば小さな子供でもアンパンマンからモーニング娘。まで“日本人なら誰でも持っている日本らしいリズムで楽しめる”ゲームだと思った。

 ワシが一番興味を惹かれたのは、ドラムマニアであった。ワシは、ギターやピアノ、一応ではあるがベースやら何やらを経験してきたが、ドラムだけは叩く機会に恵まれなかった。本物を叩こうと思えば、それなりの場所(スタジオ等)が必要であるし、ちょっと遊びで…という訳にはいかない楽器だからだ。

 ところが、ゲーセンにあるドラムマニアを見てみると、さすがに本物そのまんまという訳にはいかず(四股のコンビネーションの複雑さ故に)、叩くパッドが簡略化されていた。例えばハイハットにあたるパッドはあるが、それのオープン/クローズをするための左足のペダルはない。タムも、せいぜい2つぐらいだったと思う。なので、初心者でも出来そうな気がしたので、とりあえず挑戦してみた。

 これが、とことん楽しかった。音符にあたるバーが上から降ってくるのは困ったが、それでも多少の心得があるもので、ノリノリで叩いた。それと途中で気が付いたのだが、ビートにさえしっかりと載っていれば「ここで叩いて下さい」のマークのない位置で叩いてもあまり減点されないのだ。
 なのでなので、簡単な8ビートの曲を選んで本当は4分音符でキックとスネアを交互に叩くはずの部分でも、スネアは4つ打ち、キックは連打しまくり。素人なりにバカスカ叩いて、思いっきりストレス解消が出来た。今後、時々は遊びで叩きに来てみようと思った。

 と、ここまでは普通のゲーセンの感想なのだが、またしてもワシの邪念が発動した。
 ドラムマニアという「マニア」が付く物でさえ、簡略化されたドラムセットになっている。ならば、本当に本当の「ドラムマニア」、それも“超”が付くほどの物を作ってみてはどうだろう。
 ワシが見た、ビートマニア(通称「ビーマニ」)でも、常人とは思えないプレイを披露する人間がいるのだから、ドラムでもそこまで突き詰めたマシンを作って欲しい。

 例えば。
 「ちょっと時間もあるし、ゲーセンでも寄ってみるか。おー、ドラム“超”マニアがあるぞ。なんか知ってる曲ないかなぁ…。あ、TOTOが入ってる。懐かしいねぇ……『Africa』『99』……。よし、『Rosanna』に挑戦してみるか」といった具合だ。

 ここからが“超”マニアの恐ろしさ。
 ロザーナのイントロが始まる。もしも普通のドラムマニアにこの曲が入っていたなら、

っくっく っくっく  っくっく っくっく
  っくっく っくっく  っくっく っくっく

 という、ハイハットとスネアのコンビネーションになるだろう。
 が、“超”は問屋が卸さない。

(く) (く) (く) (く)つ  (く) (く) (く) (く)
  (く) (く) (く) (く)つ  (く) (く) (く) (く)

 …………。

 そう、故・ポーカロ先生のゴーストノートが要求されるのだ。ゲーセンでここまでやって良いものかどうかわからんが、確かにマニアは狂喜するだろう。そして同時に悶絶するだろう。ゴーストが欠けただけで、どんどん減点される。世の中厳しいぞ。
 だいたいそれ以前に、これが出来る人はドラムの素人さんじゃないと思うが。

 さらにさらに、キックはワンペダルなのに2連打・3連打(トゥ、ヒール、トゥの足裁き)が出てきたり、ライドとカップの打ちわけなんざ出来て当然だったり、クラッシュを叩いた直後に叩いた手でのミュートが要求されたり……なんか、どんどん素人さんからかけ離れていく気がするが、気にしない気にしない。

 このドラムマニア、どこのメーカーさんだったか忘れたが、物は試しに全国の主要都市に各一台ずつぐらい置いてイベントを催してみてはどうだろう。一時期のダンス・ダンス・レボリューションで、幼い子が人間業とは思えないステップで観客を騒然とさせたように、全国のドラムファンが色んな意味で騒然とするのではなかろうか。勿論、ワシは参加を辞退しておく。

 勝手に想像してみる。この“超”ドラムマニアに著名なドラマーのモード/お得意の曲を入れておいたら、イベント時にはビキニパンツ一丁でモトリー・クルーを叩きにくる鼻ピアスの兄ちゃんや、金髪にクソ重いライダーブーツで叩きにくるボジオ・フリーク等々、いろんな意味で面白いイベントになりそうだ(またも無責任)。あと、見た目は地味だが手数王・菅沼フリークとか裸足でキックガシガシ連打・浪花の超特急・東原力哉フリークとか。

 追加ネタとして「パーカスマニア」とか言って、シーラ・Eが如きスティック裁きを要求するゲームとか、「コサック・コサック・レボリューション」とか言って、強靱な足腰を要求するリズムゲームとか。…ロシアの人々だけ行列作っちゃったりして。或いは穏やかに「マイム・マイム・レボリューション」(5人以上、複数プレイ推奨)とか。

 最後に書いておきたいのだが、「シド・マニア」というのはどうだろう。マイク一本だけが用意され、曲も「マイ・ウェイ」のみ。要するにカラオケなのだが、30点以上出したら、即失格。その調子で歌い続けなければならない、拷問のようなゲーム。

 これ以上書いていると切りがないので、この辺にしておく。また本日も煩悩が全開である。さて、笑点のテーマのギターソロでも弾いて寝るとするか。ちゃんら〜ん♪


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殺人を呼ぶ子供達


 月曜の夜7時半から、「名探偵コナン」というアニメが放映されている。だいぶ前から、時折見てしまったりしていた。変な日本語だが、説明すると「ワシにとって月曜の夜はあまり面白いと思える番組がない。で、なんとなくテレビをつけてチャネルを変えていると、ちらりとアニメが目に入る。ワシの性分で、ドラマでも映画でも最初の1〜2分見てしまうと、どうしても続きが気になるのでそのまんま見てしまう」。とても長い説明だが、そういう意味である。

 次に、理解度はというと、主人公の名は江戸川コナン。これぐらいはなんとか。他のガキ…失礼、子供達は誰一人名前が解らない。一応、これまた美容院で半強制的に読まされたコミック版の「コナン」で冒頭の部分を読み、何故あの子がああいう立場になってしまったかは知っている。最後の独特の推理も、時折見ていれば「ふむふむ。これがこの番組のお約束なんだね」と解る。
 なので、三ヶ月に一度ぐらいはこの番組を見てしまったりするのだが、どうも首を傾げる事象が多い。いや、多すぎる。

 だいたいだな。…いきなり説教じみた言い方になるが、小学生が4〜5人で探偵ごっこをやっているのに、何故に毎週のように謎めいた殺人事件にぶち当たるのだ。船越英一郎と片平なぎさだって毎週は現場を目撃してないぞ。せいぜい年に2回だぞ。

 それに引き替え、なんだあの小僧達は。毎週毎週ヤバい事件に遭遇してたら、心臓に毛が生えるぞ。惨殺された死体を見ちゃうわ。しかもそれ見て「うわー、誰かに殺されたみたいですねー」って、大谷育江さんが声あててる少年、地方の旨い店見つけたテレビのリポーターみたいに言うな。

 で、まずはコナンに一言言わせてもらう。
「コナン、推理好きなのは解るが、人が殺されて警察の人達が現場検証している近くの柱の裏とかで、『ははぁーん。こいつは○○○になってきた…』とか、やたら嬉しそうにニヤニヤ笑うな。

 あと、例の探偵団にも一言。
「行く先行く先で奇怪な殺人事件が起きてたら、お前ら、別の意味で疑われるぞ! 実はトレンチコートの警部さんも、『あいつらの行く処、事件アリ』とか言いながら捜査してるかも知れないんだぞ。」

 そうだ、丁度今が時期なので、最後にこれも付け加えておこう。
「コナン、工藤新一の方の住民票、市役所か区役所でしっかり管理されてると思うから、あと4年もすれば立派な有権者だね。選挙行かなきゃね。投票所で本人の確認あるから気を付けろ! どんな難事件より難しいと思うが、健闘を祈る!」


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カラオケ屋さん・ダーツの旅


 以前にも幾度か「洋カラ(洋楽のみを唱うカラオケ)」の事を書いた。その洋カラで、いつも幹事を引き受けて下さる有り難いお方がいる。その人もワシもギターやベースを弾くので、いつ頃からか二人でギター(アンプ内蔵)を持ち込んでカラオケと一緒に弾いてみたり、ギター二人羽織(左手はワシ、ピッキングはその方)をやってみたり、電池駆動で動くエフェクターを持ち込んでミニー・リパートンの「Lovin' You」をワシが唱ってみたり(声は「帰ってきたヨッパライ」状態)、カラオケに入ってない曲のオケを打ち込んでMDや何かで持ち込んだり、宴会芸には事欠かない。

 それでも毎回、開催日が決まると、おそらく他の人は普通に当日を迎えるのだが、ワシとそのお方はネタの仕込みに余念がない。いつも二人で「新しいネタないですかねぇ」「最近マンネリ化してきて…」と、何か目的が違うような事を語っている。
 そこで、ある時ワシは考えた。カラオケの新しい遊び方。日本テレビの番組で「1億人の大質問!?笑ってコラえて」というものがある。その名物コーナー「日本全国ダーツの旅」を応用したものだ。

 テレビの方は、大きな日本地図が用意され、そこへ所ジョージさんがダーツを投げる。そして、刺さった場所がどこであれ、スタッフがはるばる出向いて、その土地の珍しい物や美味しい物、面白い人物などを紹介する企画である。

 ワシが考えたのは、「カラオケ屋さん・ダーツの旅」というもの。まず、縦横1メートルぐらいのボード(ダーツが刺さるように)を用意する。そこへ白紙を貼り付け、4×4或いは5×5など、適当な升目を作る。そこへ、こんな風に書き入れる。

(例)

男女デュエット ジャニーズ系 解散したバンド @@と****
70年代フォーク 童謡 お嬢 ビジュアル系
軍歌 コムロ系 ラブソング GS
デュオ 失恋ソング 一発屋 アニメソング
北島ファミリー ハロプロ系 ムード歌謡 下手

 …既に諸々の問題があろう。先に言っておくが、右下の「下手」は貧乏くじであり罰ゲームだ。その部屋にいる全員が「そうだね、この人下手だよね」と納得する歌手の曲を入れなければならない。

 「@@と****」とは、敏いとうとハッピー&ブルーや、ピンキーとキラーズのような形式を指す。男女デュエットと、デュオは違う。居酒屋とあずさ2号の違いだ。「お嬢」の意味がわからんような奴は、いっぺん昭和に3日ぐらい戻って勉強して帰って来い。

 あとはもう刺しちゃったが最後、40代後半の男性がハロプロ系を当てようが、二十歳ぐらいの女性が70年代フォークを当てようが、意地でも歌本から探して唱わなければならない。

 このように、レコード屋さんのようなジャンルで分けるのではなく、各々が知恵を絞ってジャンルを考えるところがこのゲームのポイント。ダーツ関係を揃えるのが大変なら、♪何が出るかな 何が出るかな〜 の、小堺さんみたいなサイコロでもよい。
 一つ心配なのは、「下手」の解釈を巡って討論になったり、一発屋の定義を巡って論争になったりしないかという事だ。まかり間違うとカラオケ屋の一室で、朝まで生テレビになりかねない。

(誰かがダーツを投げ、「下手」に当たり、曲を入れる) 
 「うひゃー、これは誰がどう聴いても下手だよね」
 「異議あり! ○○&&ちゃんは下手じゃないです!
  あの歌い方は&&ちゃんの個性なんです!

(誰かがダーツを投げ、「一発屋」に当たり、曲を入れる)
 「そういえばこんな人いたねぇ…。この曲だけで消えちゃった…」
 「異議あり! △△△△@@@は、『○○○##』も売れました!」
 「へえ〜、でも聴いた事ないよ。みんな知ってる?」
 「知らない」
 「知らなーい」
 「え〜〜〜〜そんなぁ〜〜〜〜、□□□□のB面なんですよ〜
 「…そりゃ、知らないって」

 せっかくカラオケ屋に行って、同じ時間を過ごしてお金を払うのならば、とことん元を取ってやろうとワシはいつも考えておる。

 どこかのカラオケ業者の方、こんなとこ見てないと思いますが、是非ご一考を。個人的には、ギターアンプ標準装備の部屋を作ってほしいです。既に、カラオケ屋さんへギターとエフェクターとミニアンプとヘッドセットマイクと電池駆動型のミキサーまで持ち込んだ人間の、切なる願いで御座います。…無理だろうな。


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こどもの遊びを考える


 皆様も幼い頃に経験した遊びは数々あると思うが、今回は、じゃんけん遊びのバリエーションの一つ、「グリコ」を考えてみる。

 世間一般では、ある場所をスタート地点としてじゃんけんを行い

◎ グーで勝ったならば「グリコ」と発音し、3歩進む。
◎ チョキで勝ったならば「チヨコレイト」と発音し、6歩進む。
◎ パーで勝ったならば「パイナツプル」と発音し、6歩進む。

 これを繰り返し、目標とする地点まで先にたどり着いた者が勝者となる。長い石段などがあれば、一歩の長さが同等となり解りやすい。

 だが、3歩・6歩・6歩というのは歩数として少ないかと思う。
 なので、ワシは次のような言葉を提案してみる。

◎ グーは、
 「グリコもりながじけん」=10歩
◎ パーは、
 「パパイヤすずきとおやじダンサーズ」=16歩
◎ チョキは、
 「チヨコレイトチヨコレイトチヨコレイトはめいじ」=22歩

 一部に若干際どい言葉が出てきたりするが、この際無視する。

 このように、それぞれの歩数を引き延ばす事で、さらに戦いは加熱する。最長のチョキを狙いに行っても周りがグーで阻止し、地道に10歩を稼ぐ。誰かがパーを狙っても、そこはチョキで勝負を挑む。愛と感動と夢とロマン…はないが、さらに熱い戦いが生まれる事だろう。

 メリットは、どんな場所でやっても早く進むので、3歩や6歩というもどかしさがなく、あっという間に決着がつくこと。
 デメリットは、余りに差がついてそれぞれの距離が離れすぎてしまい、じゃんけんしても相手がいったい何を出したのか見えない可能性が出てきたり、先頭と最後尾で恐ろしい差がついて、ゲーム以前に可哀想な子が出てきたり。

 このように、昔からある日本の遊びも考え方次第で新たな興奮を得たり新鮮な気持ちで遊ぶことが出来るようになる……とか言う前に、モニタの前の小さなお友達、みんな、どうせ宿題終わってないだろ。でも気にするな。みんなそうやって大きくなるんだ。ワシのように。


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TOKIO = ゴレンジャー説


 以前に、ウルトラマンについて一人勝手に演説してみた。今回は、5人編成のヒーロー物について、思うところを述べてみたい。

 ワシの記憶を遡れるだけ遡ると、生まれて初めて見た複数編成のヒーロー物は、ジャッカー電撃隊かゴレンジャーであろう。ジャッカー電撃隊とは、スペード・ハート・ダイヤ・クラブというトランプを模した仮面が特徴なので4人組という編成だが、ゴレンジャーのシリーズは歴代数十組にも及び、今なお続いている人気番組である。

 ワシはある日、テレビを観ておった。SMAPが出ていた。そういえば、SMAPって5人だよな…等と当たり前の事を思ったのだが、そこで突然、ゴレンジャーが浮かんだ。そうか、ゴレンジャーも5人だ。
 ここで考えた。同じ5人組なら、各々がどれかに結びつかないだろうか、と。

 赤レンジャーはいつも真ん中で、最後の5人がかりの必殺技を華麗に決めるリーダー的存在。華麗なリーダー的存在。……中居くん…? 初っ端から挫けた。
 他を当たってみる。桃レンジャーは、唯一の女性。SMAPに女性はいないが、それらしき存在…は…チョナン・カンこと草なぎ……?いや、慎吾ママもいる。どんどんこんがらがってきたので、SMAPについて考えるのは止めた。

 他にないだろうか、と思い、すぐに見つかったのがTOKIOだ。とりあえず先に、ワシなりの対応表を書いておく。

◎ 赤レンジャー・・・長瀬智也
◎ 青レンジャー・・・松岡昌宏
◎ 緑レンジャー・・・山口達也
◎ 桃レンジャー・・・国分太一
◎ 黄レンジャー・・・城島茂

 何故こうなるのかを説明する。先ず、先にも触れたように赤レンジャーはリーダー的存在、あるいはゴレンジャーの「顔」である。五人で隊列を組む時も一番前。これは、長身でリードボーカル=「バンドの顔」の長瀬が適役。

 次に、青レンジャーの役割を考えてみる。こういうヒーローアクションに付き物なのは、「二番手のニヒルな男」である。実写ヒーロー然り、アニメーション然り。赤レンジャーほどストレートに目立ちはしないが、ほぼ同格の扱いであり、赤レンジャーの直球に対する「変化球」とも言える。ガッチャマンで言えば、コンドルのジョー。
 メンツを見渡せば、長瀬のせいであまり大きく見えないが実はかなりの長身(以前186cmと書いたが、話の出所により曖昧)で、良い意味でキザな役が似合いそうな松岡だ。

 緑レンジャーを考えるにあたり、だんだんガッチャマンと混同してくるのだが、これは当時の五人編成ヒーローの基本なのだろうか。赤と青がこれ見よがしなほど最前線で華麗に戦うのに対し、派手さはないが、一人一人確実に力で敵を倒していく。いざ他のメンバーがピンチになれば、見事なタイミングでヘルプする。縁の下の力持ち、それが緑ではなかろうか。そりゃあ勿論、身長はあまりないが、TOKIOの力担当でもあり、現実にもベースでボトムを支える山口しかいない。

 さて。このあたりから難しくなってくる。かなり無理矢理な表現が出てきてもツッコまないように。
 桃レンジャーは女性。TOKIOにも女性はいない。…が、女性的ニュアンスを持った人はいないだろうか、と考えた。見た目や喋りが女っぽいのではない。バンド内における存在・役割を考えてみる。

 もはやTOKIOの看板番組、鉄腕!DASH!などの番組でも、その他のバラエティでも、主に山口・長瀬・松岡あたりが「力」担当に思える。そこからすると、国分はトークが多い。ジャニーズJr.が大勢出ている番組での司会や、同じバラエティでも言葉によるリアクションを求められたり。←金額ぴったりを目指して食べるあの番組のこと。

 そして、バンドの中でもキーボーディストである。ドラム、ベース、ギター、キーボードという4つの楽器の中で、女性が演奏出来る確率が一番高い楽器はキーボードだろう。音楽系の学校で鍵盤を習っていたり、自分の周りでピアノ教室へ通っていた人を考えると、男女半々にはならないと思う。学校で校歌を歌ったり合唱をする際の伴奏は、かなりの確率で女の子だろうし、実際そうだった。一応ワシも弾いたが。

 対照的に、男性が一番演奏出来る確率の高い楽器はギターだろう。バンドブームで楽器の低価格化が進み、気軽に始められる楽器としてギターの普及率は上がったと思う。グループ・サウンズの昔や、ロックが流行りだした頃は、男性がエレキを持っているだけで不良だと言われた。その中で女性が…というのは難しかったと思う。
 見た目は普通の“おじさん”な人なのに、いざギターを持つと、昔取った杵柄でサクサク弾けちゃったりする。なので、ギターに関しては男性だろう。

 私見になるが、キーボード(エレピやシンセサイザー)は、全てとは言わないが女性的なニュアンスを感じさせる楽器だと思う。かなり長くなったが、そんなわけで国分は桃レンジャー。

 さてさて、TOKIOのリーダー城島茂。キャラが余ったから黄レンジャーなのではない。いつもいつも砂利採石場のあちこちで他のメンバーが戦ったりナパーム弾が爆発している中、一人カレーを喰う男、それが黄レンジャーだ。これは、サボっているのではない。グループの中における緩衝材の役割なのだ。
 他の四人が、いざ出撃!という時に相変わらずカレー喰ってたり、急に腹が減ったり。黄レンジャーは、他の四人が持っていない“ヒーローではない人間臭さ”を持っているのだ。

 TOKIOのステージでも、ガンガンに目立っていいはずのリードギターなのに他のメンバーを立て、黙々とギターを弾く。番組のトークでは、話がまとまらなかったらすかさずボケる。一番攻撃から遠いところにいる平和的な存在。そんなリーダー城島は、五人組の中の“良心”だと思う。
 この前も、テレビで24時間も黄色いTシャツ着てたのは、カレーのためじゃないですかね、違いますか。

 とまあ、これがワシの考える「TOKIO = ゴレンジャー説」なのである。
 次回もまた、口頭なら一分で終わる話を延々、皆様のスクロールホイールを回す指がつるまで書いてみたいと思います。長々とお疲れ様で御座いました。


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