世にもビミョーな物語 10頁 No. 091〜100

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  1. ウルトラマンは、本当に帰ってきた。 2003/12/19
  2. 「ぼっこれでーく」V.S.「プレハブ眼鏡」 2003/12/20
  3. 不幸招き 2003/12/22
  4. 恩返し 2003/12/28
  5. へのへのもへじ 2004/01/05
  6. 洋楽と邦楽 2004/01/16
  7. 円谷プロさん、ごめんなさい。 2004/01/21
  8. 本家という加護 2004/01/30
  9. LとR(構音障害を克服するために) 2004/02/10
  10. 正直者の神様 2004/02/20

ウルトラマンは、本当に帰ってきた。


 ある日ワシは、昔を思い出しながらピアノを弾いていた。
 初代のウルトラマンから、セブン、帰ってきた、エース、タロウ、レオ、そして、最後に見ていた80。

 順番に、ここはこんなアレンジだったなぁ。ああ懐かしや。そう思いながら弾いておった。ところが、帰ってきたウルトラマンを弾こうとして、うっかり弾き間違えた。それは、

 「胸につけてる」=「君にも見える」だった。

 すぎやまこういちさんは、フレーズまで、ものの見事に返して下さったのだった。恐れ入った。

 初代から始まり、どんどん曲が洗練されてゆく。初代はエレキベースの音はなく、エレキギターの低音でベースパートをまかなっておった。
 セブンは、ゆったりした4拍子のように聞こえるが、高速のシャッフル。ジャズのエッセンス。イントロの、高らかなホルン。導入部分には必須。

 帰ってきたウルトラマンだけがすぎやまさんで、イントロがとても格好いい。ブラスセクションを導入し、ビートの効いたブルースロック的になっている。でも、そこはやはり「正義のために帰ってきた」のだから、歌は素晴らしく清々しい。あの歌は、主役であった団時朗さん本人が歌っておられる。

 エース。牧場の緑。それは自然の象徴。メジャーキーとマイナーキーを行き来する事で(この曲はオープニングではない方だが、「遠く輝く〜」も、マイナーで始まりサビでメジャーに行く等の点で同じ)、独特の緊張感と平和的な安堵感を与えてくれている。この高速の行進曲は、セブンの中の挿入歌からの引用。

 タロウ。イントロから、いよいよシンセサイザーの音色が登場する。彼には、父も母もいる。両親が居たから、彼は生まれた。

 レオ。彼は勇敢なる闘牛士である。故に獅子の瞳が燃え、途中からフラメンコになるのだ。レオは自らの手で、相手を叩き伏せる。正義とは、悪を殺すのではない。殺してしまったら、それはヒーローではない。目を覚まさせるのだ。

 80。歌謡曲・ロック・ポップスである。格好いいホーンセクションが誰なのかは解らない。もしかすると、かの新田一郎さんたちかも知れない。そう聞こえるほど洗練された、80年代歌謡曲、素晴らしきヒーローを体現・具現化したロックである。

 すぎやまさんは、もう一つ返しておられるような気がする。別の場所で。
 セブンの導入部の、高らかなるホルン。同じホルンの響きを「ドラゴンクエスト」の導入部で使っておられるが、それは様式美である。柔らかなホルンの音色、それは、神聖なる場所でのみ奏でられる、神々しいものを讃えるファンファーレなのだ。

 何もかも全ての人達が、一世代前をきちんと受け継いで来たのだとワシは思った。ヒーロー達も故郷からやって来て、また帰ってゆく。そのメロディだけはワシらの胸に残る。その後、ワシはウルトラマンを見なくなったが、おそらくは今も何かが受け継がれているのだろう。ワシが生まれてもいなかった時代、初代の何かをずっと。

 全ての物語には、必ず男女の出会いと別れがある。退治の専門家、名を借りる者、使命をかける者、嵐を呼んで闘う者、家族から力を授かる者、獅子の使命。

 全てが永遠のヒーローなのである。人間ではない「ウルトラマン」なのだ。


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「ぼっこれでーく」v.s.「プレハブ眼鏡」


 ワシの実家というのは、数年前に建て替えられた。ワシには今から35年ローンだの言われると、これまた意識が遠くなる、遠くなる、今来たこの道になってしまうので、やめておく。そこは父上がしょーうがなく、しょーうがなく建て直して下さった。ありがたや。

 しかし、なんでまた今さら家を建て替えたのか。
 建てた人間が悪かった。とてもとても。

 ワシが育ったオンボロ屋敷というのは、ご近所の親類=大工さんのプロになって一発目の家、つまりはデビュー作だった。デビューにしては、もうちょっと頑張って欲しかったと思う。何故かと申せば、ある部屋の天井を見上げると、そこには手の跡があっ!!! それも、一つや二つではない。恐いのだ。
 それは天井の板をあれやこれやいじくっている最中に、墨か油か汚れが付いてしまった手でうっかり触ってしまい、そのまんま天井に載せてしまったのだ。何も知らない人間が見たら、ただのホラー屋敷だ。

 ちなみにワシは、幼い頃ブリッジが得意で15分ぐらい楽勝だったので、もしもその家が二階建てならば、スパイダー・ウォークの一つもやらかしただろう。ムーン・ウォークの人には触れないでおく。
 そういえばあの映画、近頃ディレクターズ・カットが出たらしい。ワシは心の中で、あの少女が恐ろしい姿で階段を駆け下りた後「カット!」と言われ、「ぎ、ぎんちゃん……」とかなんとか言うわきゃない、でも言ってほしい。そんな煩悩を抱えながら、今日も柔軟体操に励んでおる。

 でだ。
 そのオンボロ屋敷。建てて数年で、あっさりと窓が開かなくなったり、開けたと思ったら閉まらなくなったりした。こういうのを、新潟の一部では「ぼっこれでーく」と呼ぶ。
 「ぼっこれる」=「ぶっ壊れる」。「でーぐ」「でーく」=「大工」。すなわち、「下手くそな大工さん」=「建てたその場でブレイク倒壊させる、ファンキーな大工さん」を、指すのである。
 その大工さんは、本当に「ぼっこれでーく」だった。インディーな大工さんは、家を建ててはいけないような気がする。こっちゃ、客で、住人だぞ。

 さらには、またしてもファンキーな人がおった。ワシは子供の頃、よく宝ずし(実名)に連れて行かれたが、ホルモン焼きの店にも、これまたよく連れて行かれた。このお店のオーナーがすごい。オーナーと呼ぶには全然オーナーらしくない、そんじょそこらのオッサン。マスターでも店長でもない。眼鏡のオッサンが問題の人である。
 この眼鏡の人。元々はサラリーマンだったらしいが、脱サラをして焼き肉屋を作った。かなりの冒険だと思ったのだが、この眼鏡の人、目の付け所が全然違っていた。一応、眉毛の下だったが。

 その焼き肉屋は、市役所と市の体育館と市民会館と消防署と警察署と病院と勤労福祉会館の近くにあった。全部、公のもの。つまりは、たかだか小さくても四万人の町の超超一等地であった。客が来ないわけがない。とどめに言うが、その店はプレハブ建築だ。しかもその店からダッシュ1分の距離に「○○ホームセンター」がある。げにおそろしきは、この眼鏡の人である。胸の中では「オレの一等地〜♪」だっただろう。

 この「ぼっこれでーく」と「プレハブ眼鏡」。実は、巨人ファンと阪神ファン、いや、巨人ファンとアンチ巨人なのだ。ここ重要。
 今年は18年ぶりに阪神タイガースが優勝した。高橋まこと様、おめでとうございます。遠藤千秋様&遠藤章造様も、優勝とご結婚、まことにおめでとう御座います。と、私信を挟みつつ進む。

 ずっと低迷し続ける阪神。それが阪神でもあり、やはりしかしところが阪神だ。またわからなくなりそうなので止めておく。ハレー彗星と呼ばれてもしょうがない。実はワシの父上も「アンチ」である。しかし、それは単純に「巨人が嫌い」という意味ではない。勝負事で、特定個人や団体などが勝ちすぎると面白くないと言うのだ。故にワシは物心つかない頃から何故か北の湖が嫌いであった。すみません理事長。

 貴花田(のちの貴乃花)が台頭してくると、あれほど好きだった“一日腕立て1,500回・ウルフ千代の富士”がつまらなくなった。ちなみに貴乃花はワシより誕生日が6日早い、ちょびっとだけお兄ちゃんだ。そんな親近感もあった。

 そして、たまーに…いえ失礼。時々阪神が勝つ。しかも見事な逆転サヨナラなどで勝つと、その眼鏡の人はスポーツ紙を全部買い漁り、田舎なので鍵なんぞかかってない、ぼっこれでーくの家の玄関を朝の6時から開け、掛布/真弓/バース/岡田などの巨大な文字が並んだ新聞を、ぜーんぶ玄関に放り投げて、そのまんま帰ってくる。

 「ぼっこれでーく」v.s.「プレハブ眼鏡」の死闘は、伝統の一戦のたびに新潟の片田舎でも起こっていた。世にも大人げないバトル。
 あのー、眼鏡の人。その新聞代あったら、もっと肉を仕入れて下さいよ。ねえ、ねえってば。また食べに行きますから。七輪焼きのホルモンは美味しゅう御座います。東京では肉が薄いわ値段は張るわで、別の意味で壮絶なバトルが起こっております。今度、ゆっくりまったり食べさせて下さい。

 父上が「まーた、どうせこれ喰ったら腹イタ起こすんだろ。明日、病院に何人運ばれるろっかな」と、ニヤニヤ笑いながらホルモンを食べる。眼鏡の人、腕組みをして立ったままニヤニヤ笑う。周りのお客もニヤニヤ。全員がニヤニヤしながらニヤニヤ食べる、ニヤニヤなプレハブ、でも超一等地。不思議な店だった。

 なので眼鏡の人。あっという間に一軒家を建ててしまった。ぼっこれでーくに頼んだのかどうか、定かではない。
 恐るべし、恐るべしだ。「桜橋」


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不幸招き


 踏切事故、踏切自殺。何故に踏切で人の命が絶たれるのか。小説やドラマ、ゲームの中など、ありとあらゆるところで出てくる表現、それが「踏切での絶命」。ワシが時折使う中央線も、もうかれこれ15年以上かけて工事をやっておるのに、さらに事故が増えるという結果になっている。

 「開かずの踏切」「開かずの扉」「縁切り」…何か、縁起の良くない響きを感じる。「踏切」と書いただけで、何を連想するか。「あかず」と出るか「とおせんぼ」「とおりゃんせ」と出るか。どう転がっても、あまり気持ちの良い物ではないと思う。

 以前に某アニメで、黒い背景をバックに赤や青・黄色などをランダムに、かつ高速で点滅させる描写があった。そして、それを見た子供達の一部にてんかん症状が現れた、という事件があった。あれには意味がある。

 「赤」=ぜったい危険。「黄色」=注意。「青緑」=安全です。
 これは、信号の色である。“あか、あお、きいろ”と言うが、その“あお”は、自然界における草木などの“安全な緑”を示す、微妙な色をしている。故に、信号の“あお”は、グリーンなのだ。セーフティを示す。

 「夜の踏切」。都会の真っ暗闇に、ぽつんとだけある光景。これは、どう見たって縁起が良くない。怪談話も多い。これも理由があると思う。

 「真っ暗闇」とは、畏怖の象徴だ。都会には本当の真っ暗闇がない。田舎の方へ行って、月も見えない街灯もない本当の真っ暗闇を体験すると、それが如何に怖いかわかる。目の前にかざした手が見えないのだ。

 「赤の点滅」は、警告である。緊急警報発令、パトカー、救急車。「命の危険なんです! すみませんが、渋滞でもなんでも、車の人達避けて下さい!緊急なんです!」。そういう事情があり、もの凄い音を立てて消防車も何もかも疾けてゆく。通行人も車の人達も、何事が起こったかと驚く。そして「きっと何か事故か事件があったんだろうな…」と、不安になる。

 この条件が組み合わさったものが、夜の踏切だ。
 「暗い場所」+「赤の点滅」+「半音で音をぶつけた不協和音」=「死ぬ」、が連想されるのだと思う。その時に、何かのストレスが溜まっていたり、落ち込んでいたり、ため息の一つもついてしまうと、本能的に吸い寄せられてしまうのだと思う。

 パトカーや救急車のランプのように、赤く光る物というのは警告を発するものだ。自然界で闇夜に赤く点滅するものは、ほとんど無いと思う。蛍は、蛍光色とも呼ばれるように安らぎを感じさせるから、美しいし心が和む。

 遮断機の色も、蜂の色と同じである。黄色+黒で、警告。「危険ですよ」だ。遮断機は、現状すぐにトンネルを掘ったり高架橋に出来ないのでしょうがないが、赤の点滅は、怖いのだと思う。

 そうすると、車の世界は安全に思える。「赤も青も、点灯したら光り続ける。切り替わる時だけ、点滅する」からだ。これは、電車の世界でも使えないのかと思う。

 ワシの理想論。
 車の信号機を、そっくりそのまんま持ってくる。何故なら、新しい踏切用の信号を設計するコストが省ける。それで、赤を点滅させない。闇夜の点滅は怖い。道路信号が、それほど怖くないのは、そのためだと思う。

 あとは、昔からあるあの「カン、カン、カン、カン……」が、よろしくない。ヒッチコック映画などで使われ出した、半音でぶつけたりする不協和音。これは、異変や恐怖を感じさせる。鉄道会社によっては“ド+ミ”のような安心できる響きになっているが。
 自然界で不気味に聞こえる音は、ピアノのようにカッチリとした12音階ではなく、さらに複雑な音が混ざり合う事によって生まれる物だ。強風の中、電線がうなるのを「いや〜、いつ聞いても心が安らぐねぇ」という人は、あまりいないと思う。

 兎にも角にも、あれは「最悪の条件が全て揃ってしまった場所」なのだ。
 「赤は、つけたらつけっぱなし」+「音をマイルドにする」。もう、これでいいと思う。

 この世の不思議にも、おそらくは何か理由があるのだ。不思議な物、神秘性、そういう物に惹かれること。それは、すなわち何かの本能が自分の中に眠っている事を示す。軽い気持ち、興味本位で本能的な領域に踏み込んではいけないのだと思う。警告を出し過ぎると、それは事故を招くのと一緒である。

 自然界にない光景・音は、すなわち恐怖に繋がるのだ。


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恩返し


 とあるプロギタリストの方が、昔、ギター雑誌で連載ページを持たれておった。身長は190cmぐらいだが、全身黒ずくめで迷子と一緒になって耳から煙りを吹いておられる怖い顔の人ではない。

 そのお方がまだアマチュアだった頃の話。楽器をやる人間の前に必ず立ちはだかる高い壁、貧乏。やっぱり貧乏・もれなく貧乏に遭遇した。
 貧乏、貧乏、涙の貧乏。ギターやベースであれば弦は耐久消耗品。ドラムならば最低限スネアとペダルとスティックは個人持ち。キーボードでもボーカルでも、スタジオを借りればスタジオ代、さらにマイクを借りたらレンタル料といった具合で、何かとお金がかかる。単身、都会に出てくれば家賃だの光熱費だの様々ある。野郎には野郎の、女の子には女の子の苦労がある。

 でだ。
 その香川さん。あら、うっかり名前言うてしもうたが、ローグの香川さんがバイト先の店長に切羽詰まった顔で、こんな事を言ったという。

 「あのーすいません、ディストーションがフィードバックでアームダウンなんです。お金貸してもらえませんか」

 で、香川さんはお金を借りたらしい。店長と、その後どうなったかは知らない。プロになったのだから、きっと返したと思う。お金じゃない形かも知れんが、何かを返したのだろう。
 どこをどう見たって詐欺っぽい、いや、どう見たって詐欺そのものなのだが、なんというか奨学金だ。香川さんも心の中では感謝して詫びただろう。そういう事だ。そういう事にして頂きたい。全国のバイト少年・バイト少女を雇う方々。

 音楽家が人から貰う・授かる物は、お金だけではない。知識も技術も苦労話も、人間関係の大切さも全て。音楽家/音楽人としての生き方を学ぶのだと思う。ワシもそうやって、怒られては褒められ、学び、また忘れ、ある日突然思い出し、地元新潟あとにして、いい日旅立ち、遠くへ行ったり長崎から船に乗ったりの無限ループな学生時代を過ごしておった。ちなみに船には滅法弱いし、土佐の高知にゃ行ったことがない。蔦の絡まるナントヤラも無かった。

 忠犬ハチ公は、主人に忠誠を誓った。待ち続けた。待って待って待ちすぎて、今では渋谷の待ち合わせ場所になっている。そして世の中の男女、グループ、サークル、ありとあらゆる物を引き合わせている。縁なき人顔を合わせ、術もなくすれ違う。という唄の一節があった。縁があるが故に人は出会う。ネットの上でも同じだ。

 犬には犬の役目、猫には猫の役目。それぞれの性質と特徴がある。優劣はない。猫は「人を招く」。それが猫の役目。犬は「人に仕える」。どちらも遙か彼方の地から、峠の我が家に帰ってくるのは、帰巣本能だ。自分の居るべき場所に帰るのだ。

 男も女も、この世の対になるもの全て、どちらか一方では成り立たない。右があって左がある。左があるから、右が成り立つ。凸凹、おねじとめねじ、オス端子とメス端子。そして、それらが一つになると、物事・データ・力・気持ち・心が通じる。

 …なんだか、やたらめったら高尚な事を書いてる気がするが、要するに「借りた物は返そう」。そういう事であった。8文字で済む用件。これもまた便利な日本語である。
 これで何か恩を返せたのならば幸いである。でも……返せたのかな。


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へのへのもへじ


 若かりし日、ワシは千駄ヶ谷へ通っていた。専門学校があったからだ。
 千駄ヶ谷界隈を歩くと、様々な物がある。東京体育館、日本青年館、そして、国立競技場。その中に、「テニスの打ちっ放し」とでも呼ぶべきところがある。どこの所有物だか忘れたが、コンクリートの壁があり、テニスの愛好者がやって来ては、いつもいつも、その壁に向かってボールを打ち返している。

 その壁は、幅が何十メートルあるか判らない。もしかすると百メートル以上あるかも知れない。その中で、各々が自分の技術の向上だとか、単純に練習相手がいないから(だと思う)、自分のラケットとボールを持ってきて練習に励んでいる。それは、面白い光景だと思った。

 これ、ゲームに活かせないだろうか。

 昔、NHKみんなのうたの中で「へのへのもへじ」を題材にした歌があった。その主人公の少年は、落書きが大好きな小僧だ。ちょっとだけ悪ガキでもある。
 今、都会ではほとんどの家の壁がコンクリートで出来ている。昔ながらの板塀、「どうぞ落書きして下さい」と言わんばかりの塀は無くなっている。ドラえもんで言えば、カミナリさんの家だ。

 その少年。いつもいつもカミナリ爺さんの家の塀に、へのへのもへじの落書きをする。そんな物を書いたら、当然爺さんに怒られる。でも、それがやめられないのだ。何故かというと、こういう一節が出てくる。

「そこの爺さんの ハァ怒る迫力は 大砲みたいに煙を出して もの凄いのさ
 へのへのもへじ へのもへじ 爺さんに見つかるまで
 へのへのもへじ へのもへじ 本当は大好きなんだよ」

 少年は、自分が悪さをしているという自責の念を感じつつ、それでも落書きをしてしまう。彼は、本当はそのカミナリ爺さんが大好きなのだ。優しく・厳しく怒って欲しいのだと、ワシは思った。

 正直、ワシにはそういうカミナリ爺さんのような存在はいない。幼いワシは、そんな彼の気持ちが、ほんの少し理解できた。自分を厳しく叱ったり、諭してくれる人がいるのは有り難い事だからだ。

「なぁ、爺さん。ほんとは俺、爺さんが大好きなんだよ。だから、へのへのもへじを描くんだよ。頼むから怒ってくれよ。頼むから、いつまでも元気でガミガミ怒鳴ってくれよ。死ぬんじゃねーぞ、な、爺さん。爺さんが元気なうちは、俺、いつまでもへのへのもへじ、描き続けるよ」

 そういうメッセージソングなのだと思った。

 今のゲームは、多様化している。激しい、リアルなアクション。高度な技術を駆使したシミュレーション。ジャンルを挙げたらきりがないが、素朴な「子供の遊び」というものがあっても良いのではないかと思う。何にも物が無くても子供達は自分で勝手に遊びを作り、それが方々に伝わって、学校だとか神社とかで遊びながらコミュニケーションを図る。

 所長の企画「へのへのもへじ・ネットワーク対応版」

◎ 舞台は、ありふれた21世紀の今日。あなたは一介の悪ガキ、小心者のガキんちょです。仮想の街に暮らしています。その街には、横幅4kmにも渡る、大きな大きな塀があります。
 持ち物は、チョークひとつ。少しずつ少しずつ、その塀に近づいて「へのへのもへじ」を描いて逃げるのが目的です。

◎ ですが、あまりにいい気になって好き放題描いていると、幅4kmの向こう側にいる、何百人というカミナリ爺さんから「何してんじゃあ!こりゃあ!」と、怒鳴られます。

◎ そうしたら、あなたは回れ右して、全力疾走で逃げて下さい。そうでないと、取っ捕まって、2時間でも3時間でも説教喰らいます。

◎ そのためには、悪ガキがみんなで相談・結託して、カミナリ爺さんがいない隙を見計らったり、一斉突撃しては一斉に逃げる事が必要です。

◎ ゲーム運営側(カミナリ爺さん)は、その悪ガキたちの行動をこっそり監視しては、見逃したり、いくら何でもやりすぎだと思った時には、ガンガンに追い回して説教します。

 これは、冗談で書いているつもりはない。みんな、ほんのちょっとは悪い事をやりたいのだと思う。ワシだってそうだ。罪な事だと判っていても、ついやってしまう。道ばたに100円が落ちている。それを拾ったとして、交番に届けるか。100円…。建前では交番に届けるのが筋だ。でも、やはり100円を拾ったならば、多くの人が「ラッキー」と「後ろめたさ」の両方を感じるだろう。

 それが、一億円だったら洒落にならない。でも、100円、50円ならばどうするか。これが個人個人の良心、人が集うならば公衆道徳。世の中全てだと「法律」になるのだと思う。

 最近、「ヤンキー魂」という、Windows専用オンラインRPGがあるのを知った。みんなゲームの中で堂々とヤンキーを名乗り、運営側は“マッポ”(お巡りさんの俗語)となり、大はしゃぎして追いかけっこをする。
 ワシはMacintoshユーザーであるが故、そのゲームは出来ないが、とてもうらやましいと思った。

 怒ってくれる人というのは、憂さ晴らしをしたいのではないと思う。自分が長いこと生きてきた。その中で、自分だって幼い頃は悪さの一つや二つもやらかしただろう。だから、幼いガキんちょが、そういう事をやるのは理解しているだろう。
 だからこそ、「お前ら、落書きしたい気持ちはよくわかる。でも、物には限度があるんだぞ。へのへのもへじぐらいは、まあ許そう。でもな、人を傷つけるような事を書いたり、取り返しのつかないような真似はするんじゃないぞ」と、怒ってくれるのだ。そう思う。

 この“へのへのもへじ”と“怒られる”というスリリング。立派な「ハラハラドキドキアクション」になると思う。「だるまさんがころんだ」だ。

 昨今、「ぼくのなつやすみ」を始めとして、童心に返って没頭できるゲームが続々登場している。それは、みんな大人になってしまっても、あの頃に返って馬鹿をやりたいのだ。
 昔、ファミコンはおろか、ゲームセンターなんてものが無かった時代。虫を殺したり、弱い物いじめをやってしまったりした経験のある方は多いと思う。それで、人を傷つけてはいけない、無意味な殺生はしてはいけない。そういう事を学んでゆくのだと、ワシは思う。

 ゲームとは、そういう自然な感情・欲望を「現実世界に代わって満たしてくれるもの」ではないだろうか。戦国時代のシミュレーションゲームも囲碁も将棋も、いかにして相手の急所を見つけて先回りして押さえ、動きを封じるかという頭脳ゲームだ。

 暴力的に見えるゲームがあって、子供が暴力的な事件を起こすと、どこかの大学の心理学専門なクソジジイや、「今こそ心の教育が必要なんです!」とかギャーギャー叫ぶクソババアがしゃしゃり出てくる。
 「今こそ」と言うなら、もっと前から心の教育しておけ。躾は学校に任せっきりで、何が良くて何が悪いかさえ自分の子供に教えられないのに「こういうゲームが犯罪を助長するんです!」などと責任転嫁するバカ親たち。

 「ゲーム=子供をダメにする」と脊髄反射で怒る前に、ゲームの中でどれだけの事が学べるのか、どんな表現が出来るのか。それを探求することで、子供から大人までが正義や優しさを知る。そういう側面にも目を向けて欲しいと思っている。それが、これからのゲームを作る側、遊ぶ側の可能性を広げる事に繋がると、ワシは思うのだ。


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洋楽と邦楽


 つい先日、いつもの仲間と一緒に「洋カラオフ」なる集いに参加してきた。もうかれこれ二十数回にも及ぶ、伝統はあるが格式は…ちょいと疑問な物だが、楽しい楽しいカラオケ同好会だ。

 最初は「英語の歌だけを歌う」というつもりで始まった企画なのだが、最近の80'sブームも相まって方々で流れている「ロックバルーンは99(99 Luftballons)」だの、「ジンギスカン(GENGHIS KHAN)」だの、今ではドイツもハングルもラテンもインチキも、なんでもありな状態である。結局「日本語以外ならなんでもOK」となってしまった。さだまさしの「北の国から」のハミングはどう解釈すればよいのかとても微妙だが、まだ歌った猛者はいない。

 ひとしきり歌いまくった後、いつものように幕…が開くはずはなく、いつものように適当なお店に直行、夕食と雑談タイムとなった。ヨーロッパの教会やら美術館を想わせる洒落たお店で、我々はこじゃれた名前のメニューと出てきた物のギャップに目が点になりながらも楽しく喋りまくった。

 一晩明けて、ふと考えた。
 ご年配の夫婦だとか、お金持ちの方々向けだと思われる、世界一周ツアーというものがある。大抵は200万〜300万円という金額で、数ヶ月に渡って世界中を船で回る。我々にはまるで縁がないが、二泊五日みたいな強行軍とはまるで違う、のんびりとした優雅で豪華な旅だろう。

 底意地の悪いワシなので、思いっきり余計な事を書いておくが、豪華客船の旅には自殺が付きものである。2時間サスペンスのような殺人事件や、密室のトリックではない。たまに、船から海に身を投げる人間がいるのだ。
 豪華客船であっても閉鎖された空間で、いくら娯楽施設があろうがプールがあろうが、あまりの長期に渡る船旅に精神的圧迫感を感じ、追いつめられてしまう人が出てくる事がある…などとは口が裂けても言ってますね、新年早々縁起でもない。でも本当。

 今年も初っ端から話がそれまくっているが、洋カラの話だ。
 日本にいる限り、日本語の歌は「邦楽」だ。普通、洋の東西を考えた場合には、西洋と東洋に分かれるだけなのだが、「洋(よう)」と言うだけで、特に西洋を指すらしい。それで英語の歌は「洋楽」となる。英語圏の人達から見た場合、日本・韓国・中国・東南アジア等の歌は、何と呼ぶのだろうか。エイジアン・ソングとでも言うのか。

 でだ。毎度毎度、渋谷だの秋葉原でカラオケをやっている小市民が、この世界の旅…いや、ワールドツアーに出たとする。大物スターではなく一般市民で、しかも船でのんびり回りやがるとはロシアの小娘二人組もびっくり仰天・横柄極まりないが、とりあえずワールドツアーを行う。敢えて強調。向こうに行ったら俺たちゃ外国人、外タレだ。人間がタレンティならタレントなのだ。これも強調。

 ツアー先にステージなどはない。やっぱりカラオケだ。着いた先がある程度大きな街であれば、“ジャパニーズ・カラオケ”のような感じで、何処かしら歌える場所はあるだろう。日本でもカラオケボックス以前には、頭にネクタイを巻いたオッサンと、それにイヤイヤ付き合わされるお姉ちゃんが「銀恋」を歌っているようなバーがあっただろうし、今もあるだろう。それでも良い。ワールドツアーと言ったらワールドツアーだ。
 我々はドタキャンはしない。多分しないと思う。しないんじゃないかな、などと言う前に、ブッキングすらされない可能性が大だが。

 ツアーで行った先がドイツであったら、ドイツ語の歌は“現地の邦楽”になるだろう。前述の「99 Luftballons」がカラオケに入っていたら、どのような映像が流れるのか。先ず、歌詞はどうやって出てくるのかが謎だ。日本のカラオケで外国曲を歌おうとすると、英語の歌詞が出てきて、上にカタカナでルビが載っている。カラオケの機種によっては、出したり消したり出来る。

 とても疑問なのは、ドイツでNENAの曲を入れたらドイツ語が出てくるだろうが、その上には、一体何語が載るのだろうか。英語かフランスかイタリアならまだあり得そうだが、そこにカタカナが載るとは思えない。
 恋愛ソングなら、若い男女がフランクフルトソーセージと茹でたジャガイモ食べていたり、最後に「ロケ地:デュッセルドルフ」とか、やっぱり出るのだろうか…とか書いている、思いっきり偏見な男、それがワシである。

 「Take On Me」で有名なa-haはノルウェーの三人組で、英語は苦手なのだそうだ。セリーヌ・ディオンはカナダ人で、母国語がフランス語だ。これは某CMでもやっていた。完全な英語以外の国の人だって、流行物なら英語の歌を歌うだろう。その時、どうやって歌詞を読み、どうやって歌っているのか。考えれば考えるほど夜も眠れなくなってしまう。三球・照代だ。

 そして我々が世界各国を回り、その国その国で“その国の邦楽”を歌う。これが、我々…と、ワシ個人で言い切って良いものか判らぬが、大いなる野望である。中近東あたりだと、読むにも読めず発音も出来ず、そして僕らは途方に暮れるだろうが構わない。

 ツアー先で日本の歌を歌ったならば、それはすなわち「外国曲」となる。誰の曲でも全部外国の歌だ。ロシアに行ったら女子高生の格好で、こまどり姉妹か、ザ・ピーナッツでも歌ってやれ。
 中南米に行ったら殿さまキングス。ジプシー・キングスみたいなものだ。現地の人には意味不明だろうが、先ずは自己満足が大事だ。頑張れワールドツアー。

 …と、果てしなく野望と妄想は続くので、ここいらへんにしておく。またそのうち、春になって暖かくなったら、我々は例によって例の如く渋谷かどこかで歌う事となるであろう。いつものハニートースト食べながら。ね。


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円谷プロさん、ごめんなさい。


 子供の頃、特撮・ヒーロー物の番組を見ていた。ワシが見ていたのは主にウルトラマンシリーズで、○○戦隊・△△ジャーとか、××刑事・ホニャララーとか、そういうものはあまり好まなかった。

 昔から方々でネタとして語られている話で「何故、世界征服を企む悪の秘密結社は、幼稚園児の乗ったバスを狙うのか」というものがある。それと、数年前だかには、「ウルトラマンを始めとする特撮ヒーロー物、ドラえもんなどが現実に存在していたら大変な事が起こる」という、科学の観点から面白おかしく書いた本も話題になった。

 で、ワシが憎ったらしいガキんちょの頃から思っていた事がある。「ヒーロー物の疑問と功罪」だ。なんだそりゃ、とお思いの方。こういう事だ。

 ウルトラマンシリーズでは毎回毎回お約束のように、遙か遠くの星から、とんでもない姿をした、いかにも「悪ですよ〜。地球を滅ぼしますよ〜」という怪獣さんたちがやって来る。それが、何故だか知らないが、決まって東京にやって来る。たまーに吹雪の長野だったり大阪だったりもするが、大概は有名どころ、日本にとっての観光名所である。

 ウルトラの兄弟達も、遙々M78星雲から地球を守るためにやって来たはずだが、決まって東京に拠点を構える「科学特捜隊」だの「TAC」だの「UGM」だの、そういうところに、何というか経歴詐称をして潜入・潜伏する。

 なんせ、他人の名を騙っているのだ。いくら地球の平和を守るためとはいえ、モロボシ・ダンという一個人の名を借りたり騙ってはいかんだろう。モロボシさんだって、いきなり「悪いけどさあ、ぼく、地球を守りに来たんだ〜。頼むから、名義貸ししてくんない?」と言われたようなものだ。

 さらに続く。怪獣さんが東京にやって来た。M78星雲と同じぐらい遠くからやって来たにしては、決まって東京に来る。そんな何億光年の彼方から来たのだから、ハバロフスクだのギニア高地だの、越後平野でもどこでも良さそうなものだが、何故か東京だ。

 その昔「大巨獣ガッパ」という、言っては何だがB級特撮ものがあった。そのガッパさん、不思議な事に、熱海だの富士五湖だの日光だの華厳の滝だの、あちこちで大暴れはするものの、定年退職を迎えた老夫婦の観光コースのようなぶらり旅をしてくださる。やっぱり、せっかく地球へやって来て、それも日本という伝統文化のある国に来たのならば、見るべきところは押さえておきたいのだろう。

 そんな怪獣さん達と、ウルトラの兄弟は闘いを繰り広げる。それがいつも疑問だった。大都会東京に、身長58mだかの奴らが二人…いや、一人と一匹が闘うスペースなどないだろうに。それでもって、最初のうちは怪獣さんが大暴れ。ウルトラマンも手が付けられず、一発の尻尾攻撃などで吹っ飛ばされる。

 そうするとだ。側にある建物に倒れ込み、あっさり高層ビルをぶっ壊す。おいおい。それって立派な「器物損壊」じゃないのか。正義のためとはいえ、周囲に迷惑をかけてはいかんと思うのだが…。

 一旦怪獣を説得して「ここじゃあ何だからさぁ、もうちょっと人気のないとこへ行きませんかね。例えば、沖ノ鳥島とか、ゴビ砂漠とか。どうせ人っ子一人いやしないんですから」。そのぐらいの機転を利かせてこそ、ヒーローだろう。我ながら、書いていて自分の身勝手さにも嫌気が差す今日この頃である。

 そして、ビルだの民家を破壊しまくったならば、その損害は誰が補償するのか。地球防衛軍的な組織があるとするならば、その人達は税金で食べているのだろうか。もしもそれが、今でいうところの自衛隊のようなものだとすると、“○○防衛軍は、ヒーローがピンチに陥った時、戦闘機で怪獣にミサイルを打ち込んで、ヒーローから目をそらせる”。じゃあ、何というか荷担した責任が発生するではないか。

 おまけに、怪獣が現れてナントカ防衛軍が戦闘機でもって反撃するが、倒せた試しがない。唯一倒せたのは、ゼットンにミサイルを打ち込んだ、名前を忘れた隊員さんだけだっただろう。
 今であれば、自衛隊も保有している F-15など、一機100億円以上する戦闘機がボッコンボッコン撃ち落とされていて、それが税金でまかなわれているとしたら、税金を納める側はたまったもんじゃない。「ありがとう〜!ウルトラマン〜!」とか喜んでいる場合か。
 国会が開かれたならば「あれほど役に立たない『防衛軍』なら、早急なる予算削減を!」とか言われてもおかしくないだろうに。

 ウルトラマンが業務上の過失(?)で破壊したビルのオーナー、付近の住民の被害。さらには怪獣さんが火をまき散らして火災が起こったならば、全てに対して○○防衛軍は補償金を払わねばならなくなる。どこまでもどこまでも現実的な話だ。先ほどは書いていて嫌になったが、だんだん楽しくなってきてしもうた。どうしよう。

 ここまで書くと、流石に円谷プロさんにお叱りを受けそうだが、どうしても書いてみたい事がある。
 「ウルトラマンは、怪獣を、地球に、日本に、しかも東京に呼びこんでいないだろうか」という話だ。

 初代ウルトラマンにとっては永遠のライバルとも呼べる存在、バルタン星人。彼らはウルトラマンに対して何らかの敵意を持っているから、ウルトラマンを倒しに来る。その時、ハヤタ隊員のお身体拝借しているウルトラマンが東京にいたならば、バルタンさん達は、そりゃあ勿論、東京狙い一本だ。

 ハヤタ隊員が仮に“科学特捜隊・グランドキャニオン支部”にでも栄転されて、そこで暮らしていたら、少なくとも東京は襲われないと思うのだが。ナントカ光線で攻撃しあっても、だだっ広い土と砂しかない所だ。国定公園だか世界遺産だったかと思うが、怒られるとすればユネスコだとかあちらの環境保護局だとか、CIAかFBIあたりだろう。

 その他にも、「悪の秘密結社の収入源は一体なんなのか。スポンサーがついているのか」だの「あんな大男(ウルトラマン)に対して小さな子供が遠くから『僕のパパを助けて!』と叫ぶと、地獄耳のように呼応してしまう」だの「ウルトラマンって結局『裸』でしょ?」だの、いくらでも煩悩があふれ出てくる。ワシの頭から。

 とまあ、年の初めっから、夢もへったくれもない話を書いているのだが、「幼稚園児の乗ったバス」と同じぐらい、ワシにとってはウルトラマンの日頃の行いが、とてもとても気になっているのであった。

 今年も煩悩一直線。世にもビミョーな物語、気の向くままに書いていきたいと思うのですが、どうか見捨てないで下さい。何卒、何卒。


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本家という加護


 …と言っても亜衣ではない。ワシがそんな青少年の事情に詳しいはずがない。

 2001年7月の、俗に言う“JASRAC問題”が起きたとき、アマチュアMIDI作家(の一部)から反発の声が上がった、という話は以前に書いた。ワシはその時、何の行動もしなかった。JASRACさんが“重箱の隅”な違法サイト狩りをしたり、片っ端から検挙みたいな真似をするわけではないというのが判ったからだ。著作権に対するワシ個人の考えもあったし、入院やら何やらで、それどころではなかったというのもある。

 それで、ずっと不思議に思っているのは、著作権・著作権・著作権……と念仏みたいに連呼する“被害者・迫害者ごっこ”をしている人達は、どうしてオリジナルを作らないのだろうかという事である。

 MIDIを始めたばかりで、とりあえず既存の曲を練習がてら打ち込んでみる。それを、ネット上の規制が緩かった頃、何の気なしにアップしてしまった。そういう人は多いと思う。ところが、MIDIやmp3を主体とした音楽中心サイトで、それなりにキャリアと腕があるのに既存の曲しか作らない…いや、この場合“作る”とは言えない。“コピーしかしない”人がいるのは何故なのだろう、と思うのだ。

 ワシなりの考えで言い切ると、コピーには本家がいる。オリジナルには本家がいない。つまり、コピーさえやっていれば、どれだけ聞き取る耳が悪くても打ち込みが下手でも、出来た作品=「模造品」が不格好だろうが、本家が護ってくれるのだ。神のご加護である。

 時折、完コピ(完全に原曲を再現したMIDI)を売りにしたサイトを見るが、大抵、出来は・・・・・だ。ドラムにこだわりがあるとか、ギターソロをリアルに再現しているとか言いながら「あぁー。この曲、@@のスコアそのまんま使ったね〜」みたいなのがある(採譜された物がどう扱われるかは知らないが、同じ譜面が複数の雑誌/バンドスコアに掲載されていたりする。出版社の問題かも)。

 大して難しくないギターソロが、タブ譜そのまんまだったり、弁明のつもりか能書きがやたらに多かったりする。
 ギターを弾ける人間ならば、オリジナルを聴いて音を把握し、よくある手グセ・定石でなぞっていくと「そうか、この方が弾きやすくて自然だし、本家のニュアンスに近いじゃん」となったりする。

 それで、結果的にコピられたMIDIファイルが、聞いた感じ「・・・・・」であったとしても、「あー、これは○○○○(アーティスト名)の×××××(曲名)だよね」と当然のように判っているから、データが不出来だろうがまるっきりだろうがからっきしだろうが、「○○○○の×××××」という保険がかかる。MIDIデータをこしらえた人は、悪く言うと恥をかかなくて済む。

 オリジナル曲を創り、発表するのには勇気がいる。本家がいないということは、自分の理想型が100%表現出来なかったとしても、護ってくれる物がないのだ。「これは○○○○の×××××だよね」という事にはならない。本家がいなければ“あなたの曲”になる。作った本人に取っては不本意極まりない作品であったとしても、本家がいないならば“あなたのオリジナル、表現の全て”だと解釈されても仕方ない。言い訳が利かないのだ。

 自分の理想型に届かない物を発表し、人に聞いてもらったとする。それが自分のほぼ全てだと思われてしまうならば、音楽家としては納得が行かないだろうし、恥ずかしくもあるだろう。しかしそれをやらない事には、オリジナル曲などとてもじゃないが作れない。一切のオリジナリティを込めない曲=コピー作品ならば、どれだけ完成度が低くても神のご加護あって、恥をかかなくて済む。

 シーケンスソフトを買ってきて初日からバリバリとオリジナルが作れる人は別として、大概は先ずコピーをやってみて、そこへ自分なりの解釈でアレンジを加えてみるとか、何か別のメロディにしてみるとか、曲調を変えるとか。そういうものが、その人のオリジナリティの始まりではないだろうか。

 音楽の世界は自己表現そのものだと思う。表現とは、自分をさらけ出す事だ。人前で自分の曲・演奏・歌声を披露する。本家という保険の利かないオリジナル曲、オリジナルの表現を人前でやる事は“自分を晒す”事でもある。

 クラシックの世界でのショパンコンクールのようなものでも、ある曲に対して各々の解釈(アプローチ)の違いがあり、それを審査員が評価して順列を付けるのだと思う。本家はあっても正解がない。何百年も前に生きていた本家本元の演奏など、誰も聞けない。ショパン本人のCDは売っていない。

 特にネット上に於いて、キャリアが長くて腕もあるのにコピーしかやらない人間は、自分を晒していない=何も表現していないのだと思う。結果的に表現があるならば「私はコピーしかしませんよ」だ。

 ネットで既存の曲を発表するには、JASRACさんへの届け出が必要になる。それで、きちんと申請してコピー曲を発表しているだけならいいのだが、申請しているにも関わらず、何故か愚痴だの文句だの不平不満だのが多いサイトがあったりする。

 「音源がどうのこうの・・・」「あなたが聴いている音は・・・」「勘違いで・・・」「一度、○○してみたらどうですかぁ・・・?」「・・・なんて、出来ないでしょうけどね!(爆)」

 上記のような、何を表現しているのか意味不明な文字列が並んでいたり、さらに「これは、あくまで私個人の意見であり独白なので読みたくない人は…」等と、結局は「読んで下さい!」的な愚痴ばかりだったりする。その度にワシは「じゃあ、オリジナル作ればいいのに…。卑屈だな」と、腕組みし苦笑いし首を傾げるのだ。

 曲を書くという行為。頭の中ではイメージが沸いても、それを思った通りの形にするのは難しい。頭の中で沸いてくる物も人それぞれだろう。なんとなく鼻歌を歌っていて、「格好いいバリバリのハードロックでこういうのが歌えたらなぁ…」とか、詩を書く人で「これに何か、素敵なメロディとか伴奏がつかないだろうか」と思い描く人はいるだろう。それを具現化するのが大変なのだ。

 絵は、子供の頃から誰でも描く。学校では図工や美術の時間で描くし、描かされもする。音楽は違う。音楽の授業は誰でも受けるが、よほど珍しい学校でない限り、小学校・中学校で作曲の時間はない。

 作曲・編曲の技法というものは、バンドなどをやって自力で覚えるか、打ち込みや、それなりの勉強をしないと身に付かない。それぞれのやり方で経験を積み、知識を得たとしても、その人が完全なオリジナル曲を創るのは大変だと思う。絵を描く事が容易で簡単だ、という意味ではなく、音楽を“一から構築する”のは敷居が高いのだ。

 例えば「あなたのイメージする父親の姿を、適当に描いて下さい」と言われたら、子供から大人まで何かしら描けるだろうが、「あなたのイメージする父親の姿を、適当に曲にして下さい」と言われたらどうするか。ラフスケッチであってもアレンジ抜きにしても大変な事だ。プロの人達は、こういうのが出来てお金を稼いでいるから、プロなのだ。

 常日頃音楽サイトを徘徊していて、その人独自のアレンジを施した物や、オリジナル曲を発表しているところは聞いていて楽しい。それは、この世に二つとない物だからだ。コピーなら、この世に二つどころか山のようにある。
 音楽サイトの中でもオリジナリティのある物を作っておられるところは、他のコンテンツや掲示板も面白かったりする。家主さんの言葉や一枚の写真などからも、その人独自の表現が感じられるからだ。

 で、これを最後に書いておく。
 ワシは「棚からわしづかみ」という、オリジナル曲を公開するページを設ける気は全く無かった。

 きっかけがあった。ある日、友達の一人が「せっかくパロディとかやれるんなら、オリジナル曲も聴いてみたい」と言ってくれた。ワシは、大してお客さんも来ないようなサイトであっても、自分の稚拙な曲を発表してしまう事が死ぬほど恥ずかしかった。
 それでも、10曲、20曲とやっていくと、たまーに「あの曲、良かったです」というお褒めの言葉を、見知らぬ人から頂くようになった。そのうち人様のサイトに曲を提供させて頂くようにもなった。それで新たな知り合いが増えたりもした。

 ワシに取っては思った事の30%ぐらいの物しか出来なかった曲であっても、それは相手の捉え方で、ワシからすれば120%ぐらいで受け取ってもらえる事がある。ワシが100%の大満足だと思っても、相手が(ワシから見て)20%ならば、ガックシだ。

 それで思った。ワシに取って何%だろうが、聞いて下さるのはお客様だ。相手に「こう捉えてください」などと言うのは、エゴイズム・押しつけだ。それで徐々に肩の力が抜け、自分が不本意であろうが、その時点でのベストを尽くして、とにかく誰かに聞いて欲しいと思ったならば躊躇無く発表しよう。そういう風に考えが変わってきた。

 最近は、興味が音楽創作よりも言葉だとか別の方向へ行っているが、そのうちまたオリジナルもやりたいと思っておる。辞めてしまったわけではないので、どうか忘れんで頂きたい。遺作…いや、ワシゃまだ死んどらん。旧作でも何でも、この際自分の作った物はとことん出してみようか等と思っておる。駄作とか秀作とか、それは自分が決める事ではない。たまに冗談めかしては言うが。

 “お客様は神様です”と、三波春夫先生が申しておられた。それは、三波先生の素晴らしい自己表現だった。同じ新潟県民として、ワシも何か自分にしか出来ない事・出来ない物を追究し、日々精進したりボケたり、なんだかんだやっていこうと思っておる。

 嗚呼、今年もまたこのコラム、長くなりそうな予感がする。まだ一月も終わっとらんというのに。


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LとR(構音障害を克服するために)


 このコラム、今回が99回目らしい。普通は100回目の方を祝ってどうのこうの…等とやるべきかも知れんが、99という微妙な数字であるが故、本当にビミョーな話を書く。
 先に断っておくが、これは、ワシの実体験そのものである。ノンフィクションだ。

 最近、某所で嫌な物を見た。ある巨大掲示板群の中で、このような記述があった。

 「キ」とか「リ」を舌側面で発音する奴ら

 こういうタイトルで、俗に言う“スレッド”が立っていたのだ。おまけに、そのスレッドを立てた人間(残念ながら匿名なので判らない)は、「耳障りでしょうがない」とまで書いていた。

 それを見たワシは、「『奴ら』『耳障り』とまで言うのか。ああ、やはり世の中にはそういう認識があるのだなぁ」と思った。ほとんどの人は口に出さないだけで、中には「耳障りでしょうがない」等と、公の場で書いてしまう様な人間が現実に存在するのか…と思った。呆れた。

 はっきり言う。ワシは子供の頃、そういう発音をしていた。が、今、そういう発音は(ほぼ)していない。自分で直したのだ。

 自分の顔を鏡で見る。或いは、他人の顔をまじまじと眺める。テレビの出演者を見てみる。そうすると、左右がきっちりと線対称な人は少ない。大抵は、ほんの僅かでも左右非対称で、それがその人その人の特徴や個性に繋がっている。それで、どちらかの顎が大きい人は結構いるだろう。

 左右のバランスが取れている顔が美しい、というのはよく言われるが、それは「モデルさんのような、バランスが取れている美しさ」であって、その人の人格や美に対する物とは別だと思う。自分で気にしている方も多かろうと思うので、これを先に書いておく。念のため。

 で、顎の大きさの話に戻る。これは、えらが多少でも張っているという意味である。顔全体の絶対的な大きさとは無関係で、その人の顔からして相対的にどちらが大きいか、という事だ。これは“人生で、どちらの顎を頻繁に使ってきたか”を示すのだ。大きい方が、頻度というか使用率が高く、力が入るのだ。

 顎を一番使うのは、食事の時である。一人暮らしで、大して電話もかけない、あまり出かけない人であれば、3日も5日も喋らない人はいるだろう。が、3日も5日も物を食べない人はいないと思う。いるならば、それは手術の後、どうしても口から物を摂取出来なくて点滴しているか、心理的なものが原因で食べられない状態の人か、よほどの決意で断食している人だろう。

 次に、歯の話へ飛ぶ。
 ワシが3歳か4歳の頃、左の下顎に大きな大きな虫歯を作ってしまった。作るつもりはなかったのだが、「虫歯建設工業株式会社」とかいう業者にやられたのだ。何処かの業者さんより30年近くも前に、見事ブレイクされた。とにかく痛い。左側で物を噛めない。仕方なく、右側の口だけで食事をする。
 おまけに、小学校に上がる前から近隣市町村一帯の中での臆病者を極めんばかりの勢いであった当時のワシ、歯医者に行くのを泣いてわめいて拒んだ。それでも、あまりの痛みに耐えかねたのであろう。無理矢理行く羽目になった。

 ところがどっこい、生まれて初めての抜歯。何も覚えてはいないのだが、それはあまりの恐怖で記憶が吹っ飛んでしまったのであろう。後で親に聞くと、抜く時に暴れまくって歯医者さんが必死で抜こうとしたのだが抜き損ね、根っこが残ってしまったらしい。ワシは、とんでもない暴れん坊将軍だったのだ。臆病な暴れん坊。

 最終的にどうやってその部分から痛みが消えたのか判らないのだが、おそらく半年以上は左の口で物が噛めなかったはずだ。虫歯が最初に出来てから痛みが消えるまで、ずっと右側で食べ物を噛んでいた。それも成長のまっただ中。これがいけなかった。

 5歳ぐらいになると、どうも自分の発音は妙だと思うようになった。これが、先の人間が言う「キ」とか「リ」を舌側面で発音する奴ら、にあたる物であった。自分でも、本を読んだり友達と喋る時に、妙でもあり不愉快でもあった。思うように思った言葉が発せられないのだ。

 すべて、「い行」の言葉。「い、き、し、ち、に、ひ、み、り」。濁音なども同様。保育園などでも、みんな幼いが故に、からかわれる事もあった。ますます自分で自分が許せなくなった。これはどうにかならないものか、ずっと考えていた。

 小学校に上がると、そこはお互い小さな大人なので、あまりからかわれなくはなった。が、自分がもっと許せなくなる。
 よく、カセットテープに録音した自分の声は、骨伝導が取り除かれた音=他人が聞いている自分の声なので、変だ〜〜嫌だ〜〜と感じる人は多いだろう。それが、ワシの場合はラジカセもないのに自分で喋るだけで、一人で気味が悪かったのだ。

 これまた運の悪い事に、親の商売があれやこれやでワシゃ否応なしに目立つ。学級委員を押しつけられるわ生徒会がどうのこうのだ、人前で喋らなくてはならない機会が増える。さらに困り、さらに喋るのが嫌になる。

 中学に入る。付近の小学校の児童が一つに集まる。さらにさらに喋るのが嫌になる。流石に、この年になってまで「お前のしゃべり方が」などと言うバカはいないが、もういい加減、自分の発声と人生にうんざりしている。…まだお前、12歳と少しだろう。

 で、ワシはある事を決意した。決意というか、思い立った。中学2年になった頃、自分で矯正を始めたのだ。そして、一年かけて直した。どうやって直したか、きちんと説明する。

 「い行」の発声と、その矯正(構音障害を自力で克服するために)

「き」の正しい発声、と言っても、そもそも「正しい『き』とは?」という疑問もある。面倒なので、とりあえずは「多くの日本人が、なんとなく自然に喋るようになる『き』」ぐらいの定義にしておく。
 ここから見ると、ワシの喋っていた物は、「多くの日本人が、なんとなく自然に喋るようになるはずだった『き』とは違う『き』」という解釈になる。…下手な事を書くと、一部の「自称:有識者」だの何だのから「差別発言だ」等という苦情が来そうなので、そういう事にしておく。

 では、この「き」を、どうやって「多くの日本人が…(中略)…自然な『き』」にするか説明する。言うのは簡単だが、実行は難しい。

・「く、い」を、連続して速く言う。
 それだけだ。発音に左右の偏りが出ている場合。それを直すには、「先ず中央を起点にして喋る」事を徹底して練習すると、徐々に直していける。

 日本語の発音、発声に於いて、母音は「あ、い、う、え、お」である。そのうち、口が横方向に伸びるのは「え」と「い」の行。そして、一番横方向に力が加わり、口が動くのが「い行」だ。成長期に、何らかの事情で顎の使い方に偏りがあると、これに影響が出てしまうのだと思う。厳密には、顎と舌、唇周辺などの筋肉の使い方とかいう話になるが、このコラム、家庭の医学でもなんでもないコーナーなので端折る。

 もしもこのコラムをお読みの貴方が、同じ発音でお悩みならば、これを試して頂きたい。逆に言うと、この発音の経験が無い人が、この発音をするのは難しいと思う。ワシは両方経験しているので、今でも幼い頃の発音・発声に戻せる。

 口の中央から力を入れ、左右均等にそれを広げる為には、こうする。

「く、い」と、言う。
「くい」と、言う。
「くぃ」と、言う。
  これを、繰り返してみる。

「す、い」と、言う。
「すい」と、言う。
「すぃ」と、言う。
  これを、繰り返してみる。

 最初から「き」を言おうとしても、恐らくは言えない。言えるならば、即座に直るであろうからだ。

「くぃ」の感覚を説明すると、英語の「Quick」=「クィック」の様な発声、発音。「Quit」でもいいが、「Kitcut」ではダメだ。説明が大変なのだが、簡単に言うと「日本語の『キ』に近い」からである。そういう解釈でワシは直したのだ。以下、ち、に、り、等をやっていく。「つぃ」「ぬぃ」「るぃ」だ。

 「ひ」と「み」は、比較的直しやすいので、口を左右、なるべく均等に開き、ゆっくりと落ち着いて発声する事で直していけると思う。

「じゃ」「ちゃ」等は、以下の方法を試してみてほしい。
 それぞれ、「じゅ」「ちゅ」から始めて、横方向への動きをたしかめる。

「じゅ」と、言う。
「じゅあ」と、言う。
「じゅぁ」と、言う。
「じゃ」となる。

 これで「じゃ」をゲット。
 次に、
「ちゅ」と、言う。
「ちゅあ」と、言う。
「ちゅぁ」と、言う。
「ちゃ」となる。

 少し手間だが、この要領で行ける筈だ。

 ワシは根気と執念も、これまた近隣市町村一帯でも鬼のようにあったらしく、学校の帰りであるとか家にいる時であるとか、延々とこれをやっていた。わざと何かの本や解説書のような物を持ってきて、い行が現れたら、そこだけわざとゆっくり読む。

 例えば「その時、私は」という一節があれば、
 「そのと くぃ、 わた すぃ、 は」の様にして読む。先ず、口の中心で「く」と、正確に言う。「く」なら、顎の使い方に偏りがある人でも、口をすぼめて言う音なので、言える筈だ。それを、ゆっくり横に開き、「くーーーーうーーぃ」、とやるのである。根気は要る。死ぬほど要るかも知れんが、死なないのでご安心めされ。

 これを、ワシは一年続けた。そうすると発音が「多くの日本人が…以下省略」のそれと大差なくなった。なんせ、幼い頃から自分の発する声、それ以前の「音」に対して客観的に聞き続けてきたのだ。それぐらいカセットに録音しなくても判る。
 すると、喋る事に自信が持てる。人前で堂々と物が言えるようになる。あまりに堂々と言いすぎると今日のワシのようになってしまうが、直そうと思えば、こうやって直せるのである。

 高校に入学した頃には、もうほぼ「日本語をマスター」しており…って、日本人なのに妙な事を書いているが、何も考えずに喋る事が出来るようになった。本当はまだ、多少偏りがあった。今も少しある。それもまた、自分で気づいている。他人がどう聞こえるか、そこまで見越す事も出来る。

 これをやった事で、あるおまけが付いてきた。英語の子音が当たり前に聞き取れていたのだ。毎日毎日、自分の出す声をカセットテープも使わず、「き」、あ、違う、「き」、まだまだ、「き」、うーん、もうちょい…などとやっておるのだ。

 既に洋楽に片足を突っ込んでおり、あの小林克也氏が「英語の教材としても最適」と仰っていた初期のマドンナや、様々な英語圏の曲を聞き漁り、歌っていた。これは本当で、「Like a Virgin」の頃のマドンナの発音は美しい。後々怪しげな路線になってゆくが、カレン・カーペンターまで行かないかも知れんが発音の美しい人である。

 そうすると、日本語だとか外国語という意識が何もなく、聞こえてきた音を自分の口で再現し、それが同じかどうか比較する作業になっていた。なので、LとRの区別がつかないわけがない。どう聞いても違う。違うってば、と学校で言っても、今度は逆に「多くの日本人が…以下面倒なので略」の人々にしてみたら、ワシの言う違いがわからんかった。それは、中学1年の時の話。ワシは、「違いの解る男、ダバダ〜♪」と、心の中で一人寂しく歌っていた…かも知れん。

 先ず、声に出す。それを客観的に聞き取る。それを自分の口でいじる。加工する。そして、少し違う言い方で発声してみる。これの繰り返しなのだ。これには日本語も外国語も関係ない。英語は、スペルを見て意味がわからなくても、ある曲の歌詞カードに同じ綴りが出てきたならば、その発音が判る。かなりすっ飛ばして歌っている人や曲ならば、そのスピードで歌おうとした場合のすっとばし方が判る。そして再現を試みて、習得していく。
 発音の偏りから虫歯から英語から、様々出てきて戸惑ったかも知れんが、これは事実である。

 でだ。去年の春、唐突に英語が話せるようになった。これは説明が困難を極めるのだが、簡単に言うと“色々な単語の発音と大体の意味が判っていたのだが、自分の知識からどうやって引っ張ってくるか・組み立てるかが判らなかった。そのコツを見つけた”のだ。瞬間的にペーラペラになったという意味ではない。文法や過去形などが間違っていても、思った事を英語圏の人に対して英語で伝えられるようになったのだ。実際の会話に於いて、だ。

 忘れもしない昨年の5月1日。京都へ向かう新幹線の中、ゴールデンウィークだというのにだーれもいない車中、ワシは、初めてアジアへ来たというアメリカ人のお爺さんと、延々喋り続けた。そのお爺さん、京都の滞在時間、1時間15分。聞けば、次は新潟次は青森三沢という急ぎ足の旅だったので、とにかくワシは「何か見ていって欲しい、何か日本の事を知って欲しい」という一心で、ありとあらゆる事を喋りまくった。

 偶然にも行き先が同じ京都だったので、京都駅周辺を二人でうろついて、ワシは勝手に英語を喋って勝手にガイドさんをした。道中、お爺さんは「あなたは、綺麗な英語を話しますね」と仰ってくれた。ワシは、その数週間前に英語が話せるようになった等という話は一切していない。自分の過去についても何ら触れていない。だが、その当たり前にネイティヴなお爺さんは、そう言った。

 ついでに。最近になって、ある事に気づいた。ワシは、「日本人が…(略)の『り』を言えない」のだ。それは今も残る“矯正出来なかった音”なのだ。理科教室、と言おうとすると「にかきょうしつ」に近くなるし、他人にもそう聞こえる筈だ。これも自分で解る。

 ところが、これがLとRに繋がる。ワシが覚えた方法「るぃ」をやっていると、それは日本語の「り」にはならず、「英語の Li」になっていたのだった。例えば、「るぃ」を繰り返し練習していると、「Liberty」の冒頭の発音に近くなる。
 なので「Little」なら、何の苦もなく英語の「L」で言えるし、「Remember」なら「R」が出る。が、日本人…(いい加減面倒なので略)の「り」が出ないのだ。これを覚え損ねた事で、部分的に英語(に近いもの)が身に付いてしまっていたのだった。それが、中学1年の時の謎の正体だったのだ。

 喋る事の前には、耳が存在する。また、耳の存在なくして喋る事は困難である。
 このような経験があるので、ワシはテレビを見ていたり何処かを歩いていて、誰かが話す声にそれが見えたら(聞こえたら)、一瞬で気づく。そして「おそらくは、虫歯だとか、噛むときのクセがあったのだろう」、「もしかすると、心ない人からからかわれたかも知れない」と思うのだ。

 これまた言わせて頂くと、口頭で「逝ってよし」「だめぽ」「ヴァカ」「ドキュソ」「もまいら」「デムパ」「キボンヌ」「ワロス」「マターリ」「スマソ」「あぼーん」「わしょーい」「しますた」「でつね」等という日本語ではない巫山戯た「音」を抜かす巫山戯た日本人が目の前に居たら、ワシは耳障りどころか、そいつの胸ぐらふん捕まえて十月十日ほど延々と説教垂れてやろうかと思う。曲がりなりにも日本人なもので。

 「しますた」「でつね」の前に、きちんと日本語喋れ。「ら」ぐらい抜けても、おつむから大事な物抜かすな。開き直っておむつ付けた三歳児のような戯言は抜かすな。

 「(爆)」など論外だ。あれは「ばく」と言うより「ばか」だ。己の文章力の無さと、知能レベルの低さを積極的にアピールしている。

 いが研では、誰かが書いた文章の部分的な引用、あるいは誰かになりきって話す(日本語の部屋など)以外の目的で、「(笑)」「〜w」は使用しない(顔文字は、また別の理由で使わない)。への1号の文体は日本語としておかしいが、“ネジが一本外れているのに慌て者でせっかちな性格”を表すために、意図的に言葉の誤用/間違いを盛り込んだものである。
 そして、彼はへの1号の部屋と掲示板でのみ登場する架空の人格であり、いが研の外、人様の領域では絶対に使わない。あの口調は変わっているが、人前で喋ったりはしない。おかしな人だと思われる。

 への1号と所長の存在は、二人セットで自分の気持ちや近況を間接的に伝えたり遊んだりするための「仮想人格」のつもりである。

 自分の考えや感情を母国語で満足に伝えられないのは、日本語欠乏症だと思う。「うp」だの何だの、偶然の産物を見つけては一時的な盛り上がりで急速に普及。全国の脳……失礼、名無し共に広まったところで「2○○○○○から生まれた文化等と、亡国の民が妄言を吐く。
 日本語を汚すなら、日本じゃない所でやっとくれ。諸外国にも迷惑はかけるな。嫌がらせのゴミ拾いとか楽しくやっている貴様等が、この世で一番のゴミだ。

 いが研を訪れて、掲示板にコメントを書いてくださる方は無関係。上記の決めごとは、家主であるワシの“自分ルール”なので、何も気にせず自由に書き込んで下さってぜーんぜん構わない。

 このところ、そういう言葉や発音・言語その他の事を考え続けていたもので、音楽サイトであった筈なのに「日本語の部屋」が作られた。そういう事情だったのだ。どうせ研究所なのだ、問題なかろう。これからもどうか、ビミョーなコラムとビミョーな日本語の部屋をはじめ、当研究所を宜しく。

 次、100回目だが、どうしようか。何も考えてはおらんが、少なくとも「半角カナと、たわけたアスキーアート、腐った顔文字と『(爆)』だけは出てこない」と思う。

 次回コラムの冒頭が、
「どうも・・・こんにちは!(爆) 今日からイメージ変えますた。スマソ ⊃Д`)」なんてことになったなら、それはもう、いが研が本当にヘッポコへたれな能無しサイトになった事を意味するであろう。

 回が進めば進むほど伸びてゆくこのコラム、本日もまた長々とお疲れ様で御座いました。ちなみにワシゃ、全然疲れておらん。それが新潟、越後の民なのだ。


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正直者の神様


 皆様は、山本小鉄(やまもと・こてつ)という人をご存じだろうか。新日本プロレスの、元レスラーだ。小鉄さんは1941年生まれ。馬場・猪木全盛時代を陰で支えた名脇役であった。小鉄さんのプロレスは決して派手ではないが、持ち前の機敏さを生かした通好みのレスリングで、観客をうならせるものがあったという。星野勘太郎と組んだ通称“ヤマハ・ブラザーズ”では、海外でもその名を知らしめた。

 小鉄さんは、自身の怪我や裏方としての負担が大きくなったが故、レスラーとしては割と早く引退してしまった。当然ワシなどは現役時代を知るよしもないが、解説者としてはかなり有名であり、若手の育成にも力を注ぐ熱血漢だ。時にはレフェリーとして重要な試合のリングに上がる事もある。

 そんな小鉄さん。1992年3月1日の新日本プロレスの興業で、盟友・星野勘太郎と一夜限りのコンビ復活を果たす事となる。星野さんも既にレスラーとしては晩期であり、組まれたタッグマッチでは若手コンビが相手となった。はっきり言えば、おじいちゃんと若造が戦うようなもの。パワーでは勝ち目がないし、ある程度、若手が大先輩に花を持たせる内容であっても観客は誰も文句を言わなかったと思う。

 ところが小鉄さん、やっぱりプロだった。十数年のブランクを全く感じさせない試合運び。星野さんとのタッチワーク(入れ替わり)も冴えわたる。機敏というよりコミカルな動きで観客を大いに沸かせてくれた。パワーでは適わなくとも、こういった駆け引き=インサイドワークというのはキャリアが物を言うのだ。

 中でも凄かったのが、まだ有り余るパワーで若手を容赦なくマットに叩きつけた小鉄さん、なんとトップロープに駆け上り、現役時代でもやったかどうか判らないダイビング・ヘッドバットを繰り出したのだ。しかも若手目がけて飛び降りる瞬間に叫んだ言葉が「死ねぇ!この野郎!!」だったというから恐れ入る。

 小鉄さんは語る。某所より掻い摘んでの抜粋、許されたし。

「プロレスラーとして成功させるために、またはプロレスをあきらめる事があっても僕はそんなことで責めたりはしません。もちろんプロレスをあきらめてしまったり、また新日プロを出ていってしまった奴も実際にはたくさんいるんですけども、それはやっぱり寂しい気持ちはありますけど、別のところでそれぞれが頑張っているならそれでいいと思うんですよ。
 ましてや前田、高田、船木、鈴木なんて、新日プロを出てしまいましたけど、それぞれの団体を背負って今のプロレス界を支えてるじゃないですか。僕としては誇らしく思いますよ。」

 ふところが深いねぇ。泣かせてくれるじゃないか。新日において、表面的には猪木、藤波、長州などが光り輝いていたが、それらは皆、小鉄さんら裏方のバックアップあってのものだったのだ。「縁の下の力持ち」。小鉄さんにはそんな言葉がぴたりと当てはまる。
 …と、こんな風にクリーンに話を締めてしまうのは、人生すなわち腹黒のワシらしくない。ワシが小鉄さんについて印象に残っている出来事があるのだ。

 個人的に金払ってでも闘魂注入を希望したい、アントニオ猪木さんがバリバリ現役だった頃。あの人らしい破天荒さで、いつもいつもデンジャラスな空気が漂う試合をやっていた。おいおい、いくら猪木でも、それは無謀だろう? というほど過激なスタイルを持ち込んだり、誰も思いつかない形式の試合を行ったりした。その中の一つで有名なものが、1対3の変則マッチだった。

 遙か昔、アントニオ猪木さん率いる新日本プロレスと、故・ジャイアント馬場さん率いる全日本プロレスという二つの老舗が全盛を極めた時代があったが、もう一つ「国際プロレス」という団体があった。華のあるレスラーが少なく、客寄せのために特別な意味もないのにデスマッチを乱発するが、一人、また一人と選手が離脱し、新たな戦場=自らの食い扶持を求めて、大手である新日本などへと勇敢にも乗り込んで行った。

 ※ちなみにラッシャー木村さんの金網デスマッチが有名。ラッシャーさんは生真面目な人だったので、やれと言われたらやるしかなく、散々デスマッチをやった。そして付いた異名が「金網デスマッチの鬼」である。

 そして「こんばんは、ラッシャー木村です」発言から月日が流れ、すっかり“いい人”の称号を与えられてしまったラッシャーさん、もう引退なされた寺西勇さん、そして個人でアマチュアレスリングのジムを構え、日本のレスリングの技術向上のため若い人達の育成に力を注いでいるアニマル浜口さん=通称“浜さん”。最近のテレビを観ていると、異様に高いテンションで「気合いだー!」「笑え!笑え!わっはっはっは」とやっているあのお方だ。浜口京子さんの父。

 ラッシャーさん、寺西さん、浜さん。プロレスラーとしては猪木さんを認めているだろうが、やろうとしている事は殴り込みだ。3人の挑戦に対して猪木さんは無謀な返事をする。アントニオ猪木という人は、誰もやらない/やりたくない危険な賭けを好む。3人と戦うのに、1対1で一人ずつではなく1対3という変則マッチを組んだのだった。

 猪木さんは「3人から全て3カウント・或いはギブアップを奪わなくては勝った事にならない」という試合形式。逆にあちらの3人は、猪木さん一人から3カウント或いはギブアップを奪えば勝利。ワシは幼いながらも、いくらなんでもな…と思いつつ、その試合を見ていた。

 結果を先に言えば、二人目まで倒した猪木さんが運悪くエプロンサイド(リングの外側にある狭いスペース)でロープに足を取られ、宙吊りのままリングアウト負けとなった。猪木さんは試合に負けたが、どう見ても内容では勝っていた。その理由は猪木さんの強さだけではなかった。事情を説明する。

 テレビでプロレスを観戦するのが好きな方は勿論ご存じかと思うが、2対2というタッグマッチでは、あるタッグチームの一人が相手チームの一人をカバーし、レフェリーがカウントを行う。だが、カバーされて3カウントを奪われそうな側の人間は、当然のようにカット(邪魔)に入る。はっきり言えば“ずる”で“卑怯”だが、これがプロレスならではのファジーさだと思うのだ。

 レフェリーも、そんなのは解っている。ファンも解っている。その上で勝負が決まるのは、双方がタッチ交代しながら様々な技で相手のスタミナを奪ってゆく。そして相手の体力が尽き果ててきたならば、大技のひとつも繰り出してカバーする。レフェリーのカウントが始まる。そうなると、相手タッグのもう一人は味方のピンチなのでカットに入る。そうすると、カバーに入り押さえ込んだ側の味方も「やるんかコラぁ?」と入ってくる。

 そして互いが場外であろうが何処であろうが無関係にバトルを行う。そして、後は任せた!という訳で、残った者同士が闘いを続行し、最終的に力尽きた者、つまりはそのタッグチームが敗北してしまう。
 プロレス嫌いの人からすればインチキと思われてもしょうがないだろうが、これが複数の者同士が闘う上での駆け引きの面白さだ。先に述べた「インサイドワーク」。プロレスファンならば、必ずや同意して下さるとワシは信じておる。

 じゃあ、猪木さん v.s. ラッシャーさん&寺西さん&浜さん。これをどうするのか。実は、その時のレフェリーが、山本小鉄さんだったのだ。しかもサブレフェリーを用意していた。ここがミソ。
 例えば猪木さんが1対1で寺西さんをボコる。そしてカバーに入る。寺西さん、かなりヘロヘロで、そのまんま放っておけば3カウントを奪われそうならば、浜さんやラッシャーさんは飛び込んできてカットする。これでは、どうやったって試合にならない。猪木さんは、ただの一人からも3カウントを奪えない。

 それがだ。カウントを数えるのはサブレフェリーの人。その時の小鉄さんはと言えば、カットに入ってくる浜さんやラッシャーさんに、片っ端からタックルをぶちかましていたのだ。ワシはテレビの前で爆笑した。
 最近でも新日本プロレスの深夜の放送で、過去の名勝負のワンシーンが流されており、そのシーンを改めて見たのだが、改めて改めて爆笑した。

 小鉄さんだってレフェリーだ。中立的に試合を裁く人である。だが、そこは小鉄さんの正義感。“正義の漢”でもある。サブレフェリーにカウントを任せ「双方が了承済みとはいえ1対3なんだから、カットに入るような野郎は俺が許さん!」という勢いで、なんと国際プロレス側のコーナーに向かって睨みを利かせて待ち構えているのだ。卑怯なのか何なのか判らない。仮にもメイン・レフェリーなのに。

 その時点で小鉄さんは既に現役を引退していたかも知れないが、トレーニングも欠かさず、パワーもまだ衰えていない。見事なタックルで、浜さんやラッシャーさんに、見方によっては攻撃しているのだ。3人とも猪木さんと戦う以前に小鉄さんと戦わざるを得ない。プロレスファンとして、笑わないわけにはいかんかった。…おまけに小鉄さんが真剣に裁きを下す時の顔は、高山とは違う意味で怖いのだ。

 そんなバカ正直な小鉄さんがワシは大好きだ。時々バラエティ番組(例:タモリ倶楽部)などにもゲスト出演しては、その正直な語り口で、お笑い芸人さん顔負けのボケをかましてくれる。あの時のタックルのように。本人(小鉄さん)は、別にウケを狙っていなくとも、周りからすれば、その強面から想像もつかない程の優しい人柄故に好かれていると思う。

 プロレスに限らず色々な世界で、どうしてもダーティな要素が出てくるのは仕方がないだろう。ところが世間からまだまだ偏見の目で見られているプロレスの中で、そこまで無鉄砲な正義感を貫いた男=山本小鉄という良心。ワシは、そんなこんなで小鉄さんを尊敬している。周りから冗談でも「あいつ、バカがつくほど正直だよねぇー」と言われるのは素晴らしい事だと思う。

 表面的に“いい人”だけを装って人を騙したり裏切ったりして、その人の心あるいは肉体までも傷つけてしまう人間がワシは許せない。最近でも、女性を騙して妙な薬を飲ませて襲ってしまうような人間以下の下等動物がいる。また、人よりも年齢が高いだけで“人間としての優しさ”や“社会人とはこれこれこういうものだ”等と、無駄だらけの人生経験を語る連中もどうにかならないかと思う。
 ならばワシはただの一個人として、どこまでもバカ正直に生きてやろうと思っている。周りから誹謗中傷されたって構わない。そんなアホ抜かす奴、下等動物は放っておく。

 今の世の中、正直者はバカを見る。ずる賢い奴は正直者を踏み台にして、どんどんのし上がっていく。さらに正直者がバカを見る。この繰り返しだ。やたらに媚びへつらったり胡麻擂りなんかして上の人間に取り入るぐらいなら、ワシは最低限、飯が食えて、そこそこに生きていられたらそれで満足だ。

 あの試合、猪木さんは一人で三人を相手にした。それは無謀な戦いであった。その時には山本小鉄という良心が居た。ワシはその無謀とも言えるバカ正直さを知った。故に、相手が三人だろうが三千人だろうが三百万人だろうが、そいつらが卑怯者・無法者であるならばワシは一人でやる。笑わば笑え。
 ありとあらゆる手段で、逆に「お前こそ卑怯者!」と呼ばれるような方法で物理的にも精神的にも卑怯者から3カウント奪ってやる。

 この世に、完全に公平なる公共機関はないと思え。

 小鉄さんはワシにとって正直者の神様だ。いつまでも頑固一徹、山本小鉄であって欲しい。反則とも言える正義のレフェリング。ワシは、その姿を永遠に忘れないであろう。


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