世にもビミョーな物語 7頁 No. 061〜070

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  1. 大きいことは、いいことか? 2002/06/16
  2. 或るアイドルの特技 2002/06/28
  3. ビバ・オウンゴール! 2002/07/02
  4. 時間が足りない 2002/08/01
  5. 夏休み特別編ゲームレビュー「かまいたちの夜2」 2002/08/06
  6. ひねくれの旅 2002/08/14
  7. ニンジンを食べるまで 2002/08/28
  8. 本当に救うべきは 2002/09/15
  9. シミュレーション 2002/12/03
  10. 見ちゃった。 2002/12/26

大きいことは、いいことか?


 なんか昔、そんなキャッチコピーがあったような気がする。歳がバレるか。まあいい。

 への1号の部屋でも触れたが、このたびテレビを買い替える事となった。今まで観ていたのはバブル期に買ったもので、10年が経過していた。画面がぼやけてきたり滲んだり。そんなこんなで買い替えを決意。当然、新しいものに対して期待がふくらむ。

 ちなみに10年使ったテレビというのは18インチ。各家電メーカーが「平面ブラウン管を採用した○○な映像」とか言っている時に、敢えて湾曲したブラウン管だったし、画面の四隅もデザイン目的で丸かった。街頭テレビを今に再現したような感じ…って、観たことないが。
 18インチというのもバブルのせいなのか、ビミョーなサイズであった。なので、買うならば28インチのワイドか? とも思った。でも。どうせ、どうせ買うなら、でかいテレビがいいなあ…という気持ちも湧いてきた。28の上というと、32インチ。さらに夢はふくらむ。

 しかーし。仕事帰りに、ちょっと原物の下見にと思い、家電量販店に行ったのだが、まいった。32インチの、でかいことでかいこと。ワシはテレビを8畳1Kの部屋の、短い方の対面に置いているのだが、そんな距離で32インチなんて観たら、死ぬほど目が疲れそうだ。

 それに、これだけ大きければ、映画なんかを観るにはとても気持ちがいいんだろうが、普段テレビで観るものといったら、ニュースとかスポーツとかバラエティがほとんどで、映画なんてものはごくわずかだ(そもそも映画は滅多に観ない)。こんなクソでかいもので、朝のニュースとかを毎日観るのか。すごい威圧感、圧迫感だ。

 で、結局ブラウン管28インチという結論に達したのだが。それにしても不思議なのは、最近のテレビである。プラズマワイドディスプレイとかが時代の最先端で、人気があるのはわかるが、どれもサイズが半端ではない。最低でも32インチ、主流と思われるのが40インチ前後、最大で50〜60インチなんてものまである。

 技術の進歩で大きなものが安く作れるようになったのは理解できるが(実際はまだ高いけど)、その分、日本の住宅事情も良くなったなんて話は聞かない。最低の32インチでさえ、置く部屋を選ぶ。それこそ50インチなんてものがリラックスして観れるのは、よほど広いリビングのある家庭に限定されるだろう。

 これもまた実際に原物を見たが、もう冗談じゃないぐらいの大きさで、親戚一同を集めて映画の上映会ができそうなサイズであった。本当にこれ、売れているのだろうか。お金持ちのお遊びの割には、朝の新聞のチラシにもしっかり載っているし。まったく謎である。あなたの近所にいますか?そういうのを持ってる人。なにげに興味があります。
 余談:でも、オーディオ&ビジュアル系の雑誌を読むと、六畳一間で80インチのプロジェクタ(投影機)観てます!みたいな人がたまにいて、非常におかしい。


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或るアイドルの特技


 プレイステーション2で「赤川次郎 『月の光』〜沈める鐘の殺人〜」というゲームが出た。「出た」というか、ワシがゲーム雑誌を全然読んでいない間に出てしまっていて、それを見逃しておったのだが。で、つい先日、それをインターネットで知り、慌てて買いに走った。

 このゲームは、いわゆる「サウンドノベル」である。サウンドノベルとは、簡単に言うと“画像と音のついた、選択肢を選ぶことで物語が変化してゆく小説的ゲーム”だ。詳細についてはネットで検索すればファンサイトやリンク集がたくさん出てくると思うので、興味のある方はそちらをご参照願いたい。

 サウンドノベルは昔っから大ファンであり、すでに何本もやっているので、今回も期待に胸を膨らませてディスクの載ったトレイを押し込んだ。オープニングのムービーが綺麗だ。さすがはプレステ2。ワシは、ミステリアスなグラフィックに魅入られていた。そしてタイトルにもあるように、ドビュッシーのピアノ曲「月の光」が、ゆっくりと流れ出す。

 ……………?
 おかしい。この妙な違和感はなんだろう。ドビュッシーは割と好きで、CDも持っているしピアノでも何曲かは弾いたりするのだが、何かが変だ。いつもの「月の光」と違う。

 単刀直入に言うと、下手なのだ。

 ピアノのタッチがおかしい上に、まだ何か違和感があると思い考えてみたら、曲のキーが違う。おまけに、この曲のハイライトとも呼べる中盤のアルペジオ(分散和音)が、まんま簡略化されている。一体なんなんだ、これは。

 ムービーはさらに流れ、開発スタッフのテロップが出てきた。そこに
 ピアノ「酒井彩名」と、あった。

 は? なんか、そんな名前のアイドルがいたような………? でも気のせいだろう。同姓同名の人が弾いているんだ。ワシは、無理にでもそう思いこもうとしていた。

 ところが、ゲームの取扱説明書を読んでみて愕然とした。そのピアノは本当に“アイドル・酒井彩名”が弾いていたのだった。

 念のためにくり返すが、ワシはこのゲームが制作・発売されていた事すら全く知らなかった。何の先入観もなしにその演奏を聴いて“不自然・下手”だと思ったのだ。決して“アイドルがピアノを弾いているからどうのこうの”なんていう偏見も持たずに、そう判断した。

 ついでに、キーが違う理由も理解できた。演奏の難易度を下げるためなのだ。「月の光」は原曲キー:Dフラットで、調号5つ(譜面の冒頭にあるシャープやフラットの数)。ところが酒井彩名のものは、キー:Cで、調号なし。格段に弾きやすい………はずなのだが。

 ワシは、少々ムッと来た。おそらくは話題づくりのためなのだろうが、そういうのって、アリか? 別にアイドルであっても歌手であっても、男性・女性関係なくとも、ピアノの腕前に定評があっての人選なら許せる。が、これはちょっといただけない。言っちゃ悪いが、「わたし、ピアノも弾けるんです♪」みたいなレベルだ。ムードぶち壊しの演出に、ワシは大いにしらけてしまった。ゲームの本編が面白いだけに、残念でならない。

 最後に書いておくと、赤川次郎のシリーズ前作「夜想曲」において、冒頭に流れる美しいピアノを弾いておられるのは、当時ビクター/パック・イン・ソフトの広報担当であった斎藤光二さん(通称:マサ斎藤)という御方だ。メーカーの人だぞ。ピアノ演奏を生業としていないという点では同じアマなのに、この違い(※解らない人は読み流しても問題ないが、ダイナマイト・ポップス脱退後はアーティスト活動を行っているらしい)。そこらのアイドル捉まえてドビュッシー冒涜すんな。

 ビクターさん。半額とは言わないが、1,500円引きぐらいにならないか、このゲーム。魔女たちの眠り・夜想曲1・夜想曲2も散々やり込んだ者として、小声で言いたい。「カネ、カエセ」。


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ビバ・オウンゴール!


 世界中を熱くさせたワールドカップが閉幕した。そこで読者の皆さんに問う。「サッカーを観ていて、最も興奮する瞬間は何ですか?」と。大抵は「ゴールが決まった時」と答えるだろう。たしかに、あれほど心がスカッとする場面はないと思う。
 しかし。根っからのひねくれ者であるワシは違う。サッカーを見ていて最も興奮する瞬間。それは、オウンゴールだ。正直ワシは、オウンゴールを見るためだけにサッカーを見ていると言っても過言ではない。別に、おもしろおかしくしようと思って書いているわけではない。これはワシの本心だ。

 世間一般にオウンゴールは、あってはならないものだろう。それこそワールドカップでオウンゴールなんてやらかそうものなら、国によってはヤバい奴に殺されかねない。過去、実際に南米でそういう事件があった。だが、日本ならJリーグのように国内規模の試合でなら、「あー!やっちゃった! オウンゴーーーーーール!」という感じで、無責任に楽しめるものだと思ってワシは見ている。

 あれはJリーグが開幕した1993年のこと。
 横浜マリノスと、相手はどこだったか覚えていないのだが、とある試合をテレビで観ていた時だった。相手チームが右サイドから上げたセンタリングを、当時現役バリバリで日本代表ディフェンダーであったマリノスの井原が、ヘディングでクリアしようとした…のだが、そのボールは素晴らしい軌跡を描き、自陣ゴールへと突き刺さった。そして井原は見事、Jリーグ史上初のオウンゴーラーとなったのだ。

 井原の「やっちゃった……」という顔、そしてゴールを守っていたキーパー松永(同じく当時日本代表)の「なんでだよ……」という顔、この二つの表情が今でも忘れられない。

 考えてみたのだが、オウンゴールの気まずさに類似する事柄がある。それは、アナウンサーや解説者の失言である。言ってはならない一言を、言ってはならないようなシチュエーションで、うっかり言ってしまう。言う側も見る側も気まずい。でも、つい笑ってしまう。このニュアンス、オウンゴールに通じないだろうか。この説を聞けば、ワシの意見に同調してくださる方も、それなりにいるのではないかと思う。

 さあ、今日からあなたも、オウンゴール・ウォッチャーだ。ビバ・オウンゴール! ブラボー・オウンゴール! オウン・イズ・マイ・ライフ!

 だが、そういう不謹慎な事抜かしていて、ワシ自身が言ってはならない一言を言ってはならないようなシチュエーションで、うっかり言ってしまう「人生のオウンゴーラー」にだけはならないよう、気を付けたいものであるが。けんのん、けんのん。


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時間が足りない


 最近、いろいろと更新が滞っておるが、それはまたいろいろと事情があってのことである。

 事情その1。
 去年からワシの家は、NTTのフレッツADSLの1.5MBだったのだが、その名前の割にはとにかく遅くて、この度8Mに切り替えた。ところが、一部のサイトの表示が重いのは相変わらずで、ほとほと困り果てておる。

 重いというのはどれくらい重いかというと、特定のサイトが、一画面表示し終えるのに3分かかる。ISDNよりも遅いADSLという、なんともおかしな状態なのだ。さらに不思議なのは、ハードディスクの修復ツールをかけると、とりあえず直って、8MBという数字が納得できるぐらいのスピードが出る。ディスクに異常は見つからない。

 しかし、何かをきっかけに、また表示が遅くなるという不可解な現象に見舞われている。雑誌やネットで情報を集めてはみるが、徒労に終わるばかりで、いくら時間があっても足りない。ちなみに、ワシの家からNTTの交換局までの距離は、直線なら200m弱。経路を調べてくれるようなサイトで計測しても、700m以内。遅いはずがないのだが。

 事情その2。
 以前より、mp3による楽曲収集には余念のなかったワシだが、ここへ来てかなり本格的に曲を集めだした。自分が好きだった洋楽80'sを中心に、昔カセットテープで持っていた曲や、ラジオで聴いていた懐かしい曲等々、片っ端から集めるようになった。レンタル屋に走ったり、音楽のストライクゾーンがかなり近い同世代の友達から大量にCDを借りたり。

 新譜であれば、よほどの物でない限りはレンタルで事足りる。しかし80年代といえば、すでに音楽的にはある意味“懐メロ”である。80年代初頭のものだと、レコード会社が最初にLPとCDを出しても、出荷数が少なくて後に再販されなければ入手は困難だ。

 ところが先の友人宅の場合、ダンボール箱4つか5つに詰め込まれた凄い数のCDを漁っていると、何でこれが!? という個人的ヒットが突然出てくる。なので、遊びに行くたびに「うわー。えー? なんで? うわー、あったねぇーこのバンド」などというノリでCDを選び、大量に借りてきては聴く事を繰り返している。

 事情その3。
 いやあ、大変だ。プレイステーション2で、個人的な期待作が連発なのだ。前作から8年の時を経た「かまいたちの夜2」、これまた前作で大いに泣かせてくれた「ぼくのなつやすみ2」と、もうこの夏はたまらない。
「かまいたち」の方はすでにだいぶやり込んでいて、定価6,800円が安すぎる!という内容に大満足なのであるが、これから「ぼくなつ」もやらねばならん。またしても、いくら時間があっても足りない。

 ………なんだかんだいって結局、遊んでるだけでしょ?という突っ込みはご遠慮願いたいのだが、たまには気分を変えて、次回は、このページでゲームレビューなんてものをやってみようかと思っている。ちょっとだけ期待を。が、その前に、誰かワシに時間をくださらんかねえ。


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夏休み特別編ゲームレビュー
「かまいたちの夜2」


 さてさて。先日のコラムで予告していたように、今回はゲームについてちょいとばかし語ってみようかと思う。お題は、この夏の話題作「かまいたちの夜2」である。

 以前にも少し触れたが、サウンドノベルはワシが一番好きなゲームのジャンルだ。源流は諸説あろうが、「サウンドノベル」という名で最初に発表された作品は、1992年3月にチュンソフトから出た「弟切草(おとぎりそう)」のはずだ。ストーリーを追うタイプのゲームはそれまでにもあったが、選択肢を自分で選ぶことによってシナリオが様々に変化したり、その場面に応じた効果的な音とグラフィックを体験できたりという内容はオリジナリティに溢れ、一部ゲーマーは狂喜した。

 オカルトホラーで、どちらかというとマニアックな内容であった「弟切草」とは趣を変え、同社から1994年に出された「かまいたちの夜」は、ミステリー/サスペンスタッチの作品だった。スーパーファミコン全盛期とも相まって作品は売れ、サウンドノベルというジャンルが、徐々にではあるが一般にも認知されるようになった。

 そして「弟切草」から10年。今ではあちこちのメーカーからサウンドノベルが出され、ゲームショップの一角には専門のコーナーが設けられるほどになったが、本当にその値段だけの価値がある作品は少ないと思う。数えたらワシも、かれこれ10本ほどのサウンドノベルをプレイしてきたが、俗に言う「クソゲー」も多かった(どれとは言わんが)。ついこないだやった某社のもイマイチだっただけに、本家本元チュンソフトが満を持して送り出す「かまいたちの夜2」には、この上ない期待をかけていた。

 ずいぶんと前振りが長くなったが、本作は間違いなく「買い」だ。グラフィックや音楽などの演出が素晴らしいのは今さらワシが書くまでもないので割愛するが、内容が大変に充実している。以下、ネタバレにならないよう気をつけて書かせて頂く。

 メインの本編シナリオだけでも4本。しかもそれぞれが8年前の「かまいたちの夜」とは比較にならないぐらいのボリュームだ。特に一番最初に登場するシナリオが強力なサイズで、ワシはファーストプレイをのんびりやっていたら、3時間かかった。

 この3時間、内訳が大事で、謎解きに約30分を費やしている。前作も犯人探しはあったが、“なんとなく当てずっぽうの一発勝負で、しくじったら即バッドエンド。また最初からやり直し”だったのとはわけが違う。今までに起きた事柄を整理して、じっくりと推理させてくれるのだ。ちょっとだけネタバレになるが、犯人を当てても、本当の推理はその先にあったりする。ここら辺が、やたらと懐が深くなっていて、ワシは大いに感激した。

 本編を全部やり終えたら、恒例の「ピンクしおり」(おまけシナリオ)が待っているのだが、これまた半端ではない。文字通り“おまけ程度”のものもあるが、中には「ほんとにこれが、おまけ?」というような、恐ろしいほど手の込んだサービス精神を感じさせるものまで用意されている。当然、おまけ以前の本編には全く手を抜いていないのだから余計に凄い。さすがは本家、横綱相撲といった感じである。

 一応、難点も挙げておく(文責:ワシ)。本作は、スプラッタ系のかなりグロテスクな描写が出てくる。ワシが今までにやった、どんなサウンドノベルよりもエグいと思えるような場面もあった。映像は実写ではないが、文章だけでもかなりグロ。あとは、虫が苦手な人。特に蜘蛛がダメな人は絶対にやってはいけないシナリオもあるので要注意。

 おまけシナリオの中にも危険は幾つかある。蜘蛛以外で虫に関わる物がある。人によっては蜘蛛よりダメかも知れない。他に、グロを通り越しているような物、サスペンス/ホラー/バイオレンス等の世界とは余りにかけ離れすぎて、理解しがたい物などがある。これらをクリアできるなら、楽しめる事は請け合いだと思う。

 正直な感想、定価6,800円は、絶対に安すぎだ。ちなみに今ワシは本編をほぼ終え、おまけシナリオのいくつかをやっているのだが、あまりのボリュームに、半ば呆れつつ楽しんでいる。前作から8年、これだけ楽しませてくれるのなら、ワシはまた8年かけてでも「かまいたちの夜3」を待つぞ。頼みますぜ、チュンソフト様!

 というわけで、今回のコラムは夏休み特別企画のつもりでお送りしたのだが、また何か興味深い作品があれば、随時紹介したいと思っておるので、ご期待を。


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ひねくれの旅


 間もなく、ワシの夏休みが始まろうとしている。この夏の帰省はかなり計画的で、準備も入念だ。なんせ、「帰るときの持ち物チェック表」とか、先月からこしらえて待っているほどなのである。

 このコラムを以前から読んでいる方はおそらくご存じかと思うが、ワシの地元は新潟だ。東京から上越新幹線で2時間ちょっと。自宅のある国分寺から、実家までのドア to ドアだと、だいたい4時間半。実家のある街は交通の便が悪いので、新潟駅から先が時間を食うのだが、だいたいそんなもんだ。

 今回もまた「昼前に自宅を出て、昼ごろの新幹線に乗り、車中でのんびり駅弁を食べ(これが楽しみ)、夕方前に実家に着く」といういつものコースで予定を立てておったのだが、なんとなくひねくれ者の血が騒ぐ。東京へ出てきてから十数年、今まで一度も経験した事のない方法で帰ったらどうなるか。本気でやるかどうかはともかく、ワシは時刻表をめくってみた。

◎ ひねくれ帰省プランその 1
 東京から新潟は、新幹線で2時間と少し。距離的に大したものではないが、在来線の方では夜行列車が走っている。わざわざ夜汽車に揺られてみるとするか。
 新宿 23:09 → 新潟 4:55(快速ムーンライトえちご)
 新潟 5:22 → 実家の最寄り駅 6:26

 眠れるのは5時間半。ちょっとせわしないな………と思ってよくよく見たら、この夜行列車、寝台列車ではないというワナ(単なる快速電車)。ただでさえ床が変わると眠れないワシにとっては厳しい。おまけに向こうに着いても、ようやく家族が起きだすような時間だ。きっと何事かと思われるであろう。

◎ ひねくれ帰省プランその 2
 新幹線という便利なものを忘れ、初心に返って(何の初心だろう)、各駅停車でGO !だ。
 上野 8:39 → 高崎 10:12 → 水上 11:21 → 新津 15:07 → 実家の最寄り駅 15:27

 これは辛い。上野から7時間。東京から新幹線で博多に行くよりも長い旅だ。上野〜高崎間は、ちょうどいい時間の鈍行がなかったので快速なのだが、高崎から先がえらく長い。各駅停車の旅のつもりが途中でいいかげん嫌になり、新幹線に乗り換えてしまうのがオチだろう。

◎ ひねくれ帰省プランその 3
 「東京から新潟に行くには、高崎を通る」という常識も捨ててみる。郡山を経由して、磐越西線(ワシの実家はこれの沿線)で帰るのだ。
 東京 10:04 → 郡山 11:27(東北新幹線)
 郡山 11:36 → 会津若松 12:56 → 野沢 13:58 → 実家の最寄り駅 15:33

 途中まで新幹線を使っても5時間半。ちなみに在来線の特急(会津若松まで)を使うと7時間半かかる。かなりの鉄道ファンだった子供の頃ならまだしも、今となっては苦痛以外の何者でもない。骨休めのための帰省なのに、逆に疲れが溜まりそうだ。

 結局、根性なしのワシは上越新幹線で快適な旅をすることになろうが、一度ぐらいは上記のような「ひねくれの旅」もしてみたいと考えている。とりあえず、今年の年末あたりどうだろう。よし、早速予定立てるか………って、そうだ、ワシはまだ夏の帰省もしていないんだった。


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ニンジンを食べるまで


 不可解な病気が未だ完治しない。ゆえに毎日は闘いだ。ま、闘いというには大げさだかも知れんが、要するに体調が悪いながらも毎日きちんと仕事に行くために頑張っているのである。

 何年も苦しい思いをしてきた結果わかったのだが、ワシの場合、自分をエサで釣るのが一番効果があるようだ。一定期間後に、何か自分が欲しい物を手に入れるとか、やりたい事をするとか。それが別に高いものでも安いものでも関係なく、それを入手/実行するのを目的として毎日頑張る。そうすると自然とモチベーションが高まり、気合いが入るのだ。一種の“はりあい”のようなものだろうか。

 ところが不思議なもので、その目標達成までの間、毎日のように「辛いけど、○○のために今日も頑張ろう!」とか自分に言い聞かせながら必死に生活しているにも関わらず、いざその時が来ると、情熱や興味がウソのように冷めてしまうのだ(例:買ったのにあまり着ない服とか)。
 つまり「行き着くまでの道のりを楽しんでいる」のであって、実は結果は割とどうでもいいのだ。多分。

 私もそのタイプだ、という方はいないだろうか。例えば、買い物に限った話ではない。旅行でも「どこに行こう、どうやって行こう」「何を見よう、何をしよう」とか考えている時はワクワクするのに、いざその場になったら、なんとなく冷めてしまう人も同じだと思う。
 先日の自分のコラムを読み返して、今の心境を考えても、ワシがこの人種であるのがしみじみわかる。帰省の準備に一ヶ月を費やしていたのも、それは帰省する事そのものより、それに至るまでを、存分に楽しんでいたという事を意味しているのだろう。

 つまるところ、ワシにとって鼻先にぶら下げたニンジンは、食べてしまうと大して旨くないのだ。

 しかし、夏休みが明けて当面の目標が無い今、とりあえずまた新しいニンジンをぶら下げないと、この先のやる気を維持できないような………。どうしたもんかの。


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本当に救うべきは


 80年代中期に、音楽でアフリカの飢餓を救おう、という動きが盛り上がった。一番有名なところは、アメリカの超大物アーティストが一堂に会したU.S.A. For Africaの「We Are The World」だろう。誰でも知っている名曲である。
 もう一つはイギリスのミュージシャンたちによるBAND AID「Do They Know It's Christmas?」。これもシンプルながら素晴らしい曲であった。※ほとんど同時期だが、ほんの僅かイギリスの作品が先。

 これらに隠れて、あまり知られていないのが、Hear'n Aidの「Stars」である。これは、ハードロック/ヘヴィメタル系のミュージシャン達によるチャリティ企画なのだ。ちなみに参加ミュージシャンを挙げると、

Vocal・Ronnie James Dio / Dave Meniketti / Rob Halford / Kevin DuBrow / Eric Bloom / Paul Shortino / Geoff Tate / Don Dokken
Guitar・Vivian Campbell / Craig Goldy / Eddie Ojeda / Brad Gillis / Neal Schon / George Lynch / Yngwie Malmsteen / Carlos Cavazo / Dave Murray / Adrian Smith
Bass・Jimmy Bain
Drums・Frankie Banali / Vinnie Appice

 その筋の人間が見たらわかるが、特にギターの面子が凄い。バカうまな連中が次から次へと持ち回りでソロを取っている。曲自体7分以上あるが、うち3分はギターソロ弾きまくり。純粋に曲として聞くと、正直、飽きるかも知れない。ワシは嫌いではないが。

 で、最近までワシも知らなかったのが、ドイツ出身アーティストによる、BAND FUR AFRICA「ナクト・イム・ヴィント 〜風の中に裸で〜」というのがあったらしい。本国や周辺諸国では売れたり話題になったのかも知れないが、噂さえ聞いた事もなかった。ちなみに“BAND FUR AFRICA”は誤字ではなく、あちらさんの表記。

 調べてみると、音楽によるチャリティを行ったのは、イギリス、アメリカ、カナダ、西ドイツなどが出てくる。この西ドイツのチャリティに参加したミュージシャンは35名。リリースされたのが'85年というのを考えたら、ベルリンの壁はまだあったはずである。わざわざ「西ドイツ」と書かれているのも、ドイツ統一以前の旧西ドイツの人々という事だろう。だが、素朴な疑問が浮かぶ。

 「アフリカ救う前に、東ドイツ救うべきじゃないですか?」

 ワシは、間違った事を言っているだろうか。


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シミュレーション


 近頃、洋楽80'Sがブームである。ワシも当時は幼いながらも洋楽好きだったので、この現象は大歓迎だ。が、新しく出た2枚組みなんかのオムニバスの曲目を見ても、手元にない曲が1曲とかそういう状態なので、嬉しいやら悲しいやら。
 そういえば今年買った新譜ってあっただろうかと考えてみた。…2月に出たTommy February6の、同名のアルバムだけだった。でも、あれは新譜なのか? という疑問が涌く。初めて聞くのに懐かしさを感じるなんて、ファーストアルバムがいきなり懐メロみたいな色モノだ。大好きだけど。

 この秋、いが研とは全く別のところで、音楽を作る機会があった。実はハードディスクレコーディングを始めてしまい、mp3で生の曲を発表出来るまでのスキルが身に付いた。ただ、ディスクスペースの関係とかで、いが研でもmp3をやるかどうかは、目下思案中。

 その曲作りの最中に思った。自分は、誰もが「わぁ、こんな斬新な曲を聞いたの初めてだ、凄い!」と感じるような曲は絶対書けない気がする。逆に「わぁ、こういうのって懐かしいね」というものなら作れそうだが。

 自分がよくやる技法(ネタとも言う)で、シミュレーションというのがある。「なりきり君」はアレンジでそれをやっているし、最近やった曲作りもこれだった。メロディとかアレンジに関して、このアーティストがこういうのを演奏したらどうなるか、というものを考えながら組み立てる。これって作曲とは呼べないと思う。だからシミュレーション。

 そうこうするうち、「オリジナリティって何だろう」とか悩む事になる。最近まるっきりオリジナルを作っていないのも、以前から心のどこかでそれを感じていたせいだと思う。シミュレートみたいな遊びをくり返すうちに、どこからが自分のオリジナルなのか解らなくなってしまった。

 で、Tommy February6の話に戻るのだが、あれは完全なシミュレーションだ。洋楽80'sの打ち込み関係、特に初期のマドンナ、初期シンディ・ローパー、デビー・ギブソンあたりの雰囲気を見事なまでに再現している。80'sファンにとっては天晴れだ。入念に聞いていくと、それぞれの曲に元ネタが見えてくる。

 例えば1曲目「T.O.M.M.Y」はマドンナの「Holiday」のイントロそのまんまで、2曲目「Everyday at the Bus Stop」はカイリー・ミノーグ「I Should Be So Lucky」だ。※ちなみにどちらも音色はバナナラマの「Love in the First Degree」とかの再現。

 試しに、MD等で「T.O.M.M.Y」〜「I Should Be So Lucky」という曲順にすると、あまりの違和感のなさに笑えてしまう。これは嫌みでも揚げ足取りでもなくて、素晴らしく出来の良いシミュレーションで、ある意味パロディだということ。

 Tommyこと川瀬智子は、あのアルバム一枚で終わりだと言っているが、ワシのような洋楽80'sおたくから言わせれば、ブリグリなんかとっとと辞めちゃって、Tommy Feb6に専念してほしいものだ。

 毎年2月6日に「新譜という名の旧譜=80'sの新作(?)」を出すアーティスト。これをやり続けたら、日本中、いや世界中の80'sファンが一生買い続けると思うのだが。こんなうまい話を捨てるのか、川瀬。世界に羽ばたくチャンスなのに…と思っているのは、ワシだけか。

 ひそかに、来年の2月にも気が変わって作品を出す事を期待していたりする。頑張れTommy。シミュレーション万歳。


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見ちゃった。


 12月上旬の事だった。先月から続く腱鞘炎の治療のため、ワシは仕事を早退して近所の病院へと向かっていた。大病院というほど大きくはなく、個人経営でもなく、そこそこの病院。ワシが上京した頃からずっとお世話になっているところだ。

 午後2時ぐらいだったと思う。病院の前に、院長先生が立っていた。独特の顔立ち、背格好、トレードマークとも呼べるピンク色のワイシャツに、白衣を引っかけていた。一目でM先生(=仮名)とわかった。ゆっくりと歩いていたので、休憩でもしているんだろうか? と思ったが、目線が合わなかったので会釈する事もなく、特に考えず病院へ入った。

 先生の担当は内科・小児科で、ワシはさほどお世話になる事がなかった。正直、最初に看てもらった時は「不愛想な人だなぁ…」と思った。でも愛想がないだけで、優しい先生だった。ピンク色のワイシャツというのも、子供が「お医者さん」という先入観で怖がらないように、との配慮の事なのである。

 12月20日。整形外科での治療を終え、会計を済ませようとした時、ある物が目に留まった。病院が発行している「○○だより」みたいなもの。そこに「M先生急逝」とあった。
 え…? ついこの前見かけたばかりなのに、呆気ないものだな…と思い、それを手に取って読んでみた。

 ……M先生がお亡くなりになったのは、11月のことだったのだ。

 じゃあ、ワシが見たのは一体何だったのだろうか。よく似た人にしては、あまりに似すぎている。顔立ち、背格好、いつもと同じ服装、まだ明るい時間。十年以上も看てもらった人の顔を見間違えるとも思えない。もしも先生の死を知っている人がワシと同じ体験をしたならば、絶対に「驚き」なんかでは済まされないと思う。悲鳴を上げるかも知れん。12月の寒空の下、ワイシャツに白衣みたいな軽装というのも今考えると不自然だった。

 いつもワシは、アンビリとか心霊写真とか、オカルティックな話を茶化したりして書いているが、今回はとてもそういう心境になれない。
 俗っぽく言えば「霊体験」なのだろうが、あまりそういう意識はない。M先生は現れるべくして現れたのだと思う。

 あの日、ワシがこの目で見たのは、やはりM先生だったのだと思う。享年56歳。うちの両親よりも若いのに。この「○○だより」を読めば読むほど、誰からも信頼され病院のために尽くしてきた素晴らしい人物だった事がわかる。病気が進行して、倒れるその日まで診療を続けていたそうだ。病院を引っ張る者として、やり残した事は沢山あったのだろう。それで病院から立ち去る事が出来なかったのだ、きっと。

 不愛想だなんて言ってごめんなさい。ゆっくりお休み下さい。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 うーむ。一年の締めくくりコラムが暗い話になってしもうた。来年はもうちょっと、笑える話を書きたいものである。皆々様、よいお年を。


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