世にもビミョーな物語 6頁 No. 051〜060

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  1. 第X次成長期 2001/10/01
  2. ばあちゃんの味噌汁は、なんでうまいのか 2001/10/10
  3. 「壊れないやつ下さい」 2002/04/01
  4. 特異日 2002/04/08
  5. 没頭の果てに 2002/05/02
  6. ラーメンは大人の味 2002/05/17
  7. 掃除機こわい 2002/05/21
  8. サクサク・ベースボール 2002/05/25
  9. 物欲まるごとハウマッチ 2002/06/04
  10. その差、250円 2002/06/10

第X次成長期


 先日、気まぐれでデパートへ洋服を買いに出かけた。どうもここ数年、着た切り雀であったので、とりあえず秋物のジャケットを探した後、ワイシャツを物色することにした。
 念のため、店員さんに採寸をお願いしたのだが、返ってきた言葉にワシは首を傾げた。なんでか。…「ゆき」が、2cm伸びていたのだ。

 「太ったからじゃないの?」と思われた方。正直、ワシもそれは考えた。しかし「ゆき」とは、えりの中央点から肩の線に沿って手首までのサイズであり、多少太ったからといって、この長さが2cmも変化するとは考えにくい。おまけに数年前と比較して、首回りの方はなんの変化もなく、「ゆき」だけが伸びていたのだ。気になったので測り直してもらったのだが、何度やっても2cm長いのに変わりはなかった。

 これが二十歳かそこいらだったら、成長の証であろうと納得できるが、ワシはそんな年頃ではない。しかもワシは元々肩幅が広く、腕が長い体型であったのだが、ここへ来てますます手が伸びたという事になる(現在:首回り40、ゆき84)。
 どうせこの歳になって伸びるのなら、なんで足が伸びてくれないのか。あと10年も経ったら、また腕だけ2cm伸びたりするんじゃないか。いや、ひょっとすると今度は首の長さが2cmとか伸びたりするんじゃないかとか(んなアホな)、少々不安な三十路前である。


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ばあちゃんの味噌汁は、なんでうまいのか


 ワシが初めて牛丼屋なるものに入ったのは、東京に出てきてからのこと、十代も後半だった。肝心の牛丼の味は、「ふ〜ん」ってなもんだったのだが、何故か味噌汁がやたらとうまかったのを覚えている。不思議と懐かしいこの味、はて、どこで…?
 数日悩んで、ようやく気づいた。ばあちゃんの家で飲んだ味噌汁と、おんなじ味がしたのだった。

 子供の頃よく、ばあちゃんの家(母上の実家)に泊まりに行くのは楽しみだった。その理由の一つは、味噌汁がうまかったからである。ばあちゃんの家から帰ってきて我が家の味噌汁を飲むと、その味の違いにがっかりしたものだ。決して我が家のが不味いというわけではないのだが、なんとなく、ばあちゃんの味噌汁の方が、よりうまいと感じていた。
 母上に「なんで、ばあちゃんの家の味噌汁とうちの味噌汁は、味が違うの?」と聞いても「うちは、ばあちゃんの家と同じ味噌を使っているから、同じはずだよ」と言われ、なんだか解せない思いであった。

 それがどうして東京の、しかも牛丼屋なんかの味噌汁が、ばあちゃんの味噌汁と同じだったのか。結論から言えば、どちらも“バリバリに化学調味料を使った味”だったのだ。簡単に言えば「●の素」とか「●んだし」の味ということである。皮肉なもので、ワシの母上が極力使うのを避けていた化学調味料が、ばあちゃんの味噌汁の秘密だったのだ。道理で同じ味がするわけだ。試しに自分で味噌汁をこしらえて、「ほ●だし」をかけてみたところ、これまたおんなじ味がした。そんなことだったのか。

 化学調味料は身体に悪いとはよく言われるが、子供の時に染みついてしまった味覚は、そう簡単に変わるものではない。ワシも最近でこそようやく、添加物なしの味噌汁もおいしいと感じるようになったが、すり込みとは恐ろしいものだと思う。
 とにかく、いろんな食品添加物が出回っている昨今、あまり変なものが「なつかしの味」にならないよう、気を付けたいものだ。…とかなんとか偉そうなこと書いているが、現実には牛丼屋の味噌汁と、ハンバーガー屋のコーラは、いつ口にしてもおいしいと感じる男、それがワシなのだ。もうちょっと大人になれ、自分。


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「壊れないやつ下さい」


 先日、思い切って部屋の模様替えを行った。へとへとになりながら、いろいろな機材のセッティングを終えて、さあ、テレビでも見ようと思ったのだが、どうもおかしい。コンポから音が出ないのだ。どこか配線でも間違えたかと思って、あれこれチェックしたりつなぎ変えたりしてみるが、てんでだめ。えらい苦労しつつ原因を突き詰めていくと、どうやらビデオデッキ(ソニー製)に原因があることがわかった。

 翌朝、ソニーのサービスセンターに電話をして状況を話し、おおよその修理代を聞いて、愕然とした。修理の人いはく「おそらく1万円から1万6千円、それに出張引き取り料金2,200円がかかるかと思います」。大ショックであった。
 ワシはとりあえず話を保留にして、悩んだ。1万6千円+2,200円っていったら、十分新品のビデオデッキが買える金額じゃないか。それに、今回壊れたビデオデッキは、せいぜい買ってから2年しか経っていない。直すか、買い直すか。

 悩んでいる最中、ビデオデッキの修理等に詳しい知人に話を聞いたのだが、どうもワシの遭遇した問題は、単なる断線やら何やらではなく、基盤レベルのややこしい問題らしいという事がわかった。さらに、なにゆえ家電(特にビデオ)の修理代が高くつくのかという説明も聞けて、ワシは納得した。しょうがない、買い直そう。

 が、悩みはまだあった。だいぶ前にもこのコラムで「ソニー信者」の話を書いたが(「悲しきソニー信者」2000/9/6)、この度はどうしたものやら。ワシは過去に2台、ソニー製のビデオデッキを買って、2台とも寿命と思われる前に壊れている。繰り返すが、今回なんぞ2年目での出来事だ。オーディオ&ビジュアルはソニー、音楽機材はヤマハを貫いてきたワシも、3度目ともなれば…。

 2週間後、給料が出たワシの元に来るのは、いったいどこのメーカーのビデオデッキであろう。よく宝くじ売り場で、売り子のおばちゃんが袋を3つばかし取り出して(おばちゃん:「どれにします?」(客:「当たるやつ下さい」とかいう、古典的お約束のやり取りがあるが、もうワシとしては「壊れないやつ下さい」という気持ちでいっぱいである。それにしてもソニー殿、こんなヤワな商品ばっか作ってたら、お客なくすぞ。ほんとに。

 ……でも2週間後、我が家にソニーのビデオデッキがやって来る可能性、全然低くないような気はするが。まこと悲しい性である。


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特異日


 「晴れの特異日」というものが存在する。過去数十年に渡り、なぜかこの日は晴れる事が多い、という日のことである。十月十日、体育の日などがそうだ。でもまた、なんでこんな話を書いているかというと、奇妙な出来事に遭遇したからである。

 今朝の事。職場で、本棚に押し込まれた書類やファイルの整理をしていて、うっかりバインダーの端で、右手の小指を切ってしまった。かなりの出血もあり、あ〜、朝からツイいてないなあ…と思った。
 夕方の事。帰り際に、今朝の書類整理で汚れた指先を、トイレの洗面台で洗っていた。すると、ビリッという鋭い痛みが左手人差し指に走り、血が流れた。爪の間の汚れを落とそうと思って、指先同士をこすり合わせていたら、なんと右手の爪で左手の指を切ってしまったのだ。

 こんな感じで、今日はほんとにアンラッキーな日だなあ〜と思いつつ帰宅し、夕飯を食べた。なんとなく食べ終わって、なんとなく食器を洗っていたら、どういうわけか電子ジャーのお釜が左手を直撃。ま、まさか…!? 
 どうやら打撲したらしい。これを書いている時点ではまだ病院に行ってないが、左手の親指が青くふくれている。ちょっと触れただけで、ズキズキと痛む。

 一日に3度、しかも手の指だけ怪我するって、偶然にしては出来すぎてないか。ワシは日頃から書いているように、フジテレビのアンビリバボーが好きだとか怪談が好きだとか、根がオカルト系なもんで、何かの呪いか?とも思ったが、呪いにしてはやけにスモールサイズの呪いである。なので、「今日は怪我の特異日だ」という結論で、一人勝手に落ち着いた。

 さあ、コラムも書いたし、風呂にでも入ってこよう。くそー、痛いな。両手……とか言っといて、寝る前にもう一回あったりして。んなアホな。


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没頭の果てに


 いが研の掲示板などでもたびたび触れているように、昨年のちょうど5月から、ワシはゲームにはまっておった。ゲームといっても家庭用ゲーム機のものではなく、パソコンをインターネットに接続した状態で、世界中から何百人・何千人が集うような形式のオンラインゲームである。これの有名どころでは「Ultima Online」「Diablo」などがあるが、ワシがやっておるのも、それらと似たようなものだ。

 この手のゲームにはまると非常に怖い。日常生活のうち、仕事と食事とトイレと風呂と寝る以外は全てゲームになってしまったりするのは当たり前で、食事すらゲーム中に摂るようになり、ろくに寝なくなり、最終的には暮らしが崩壊する。聞くところによれば、それまで社会人だったのがゲームのせいで仕事まで辞めてしまったという者までいるらしい。

 それがだ。ワシの場合は違った。ゲームの中で、ワシは鍛冶屋の作業を中心に動いていたのだが、それの経験値稼ぎにとことんはまり、没頭した。ここまでは普通だが、まず完全な早寝早起きに生活時間帯を切り替えた。遅くとも夜10時には寝て、朝は4時半起き。夜更かししてだらだらとやるのは性に合わないので、こういう暮らしに落ち着いた。

 それから、経験値を稼ぐにあたってノルマを決めたりするのもよくある話だが、ワシはこれを徹底した。表計算ソフトを使い、次のステップまでの計算式を作り、一週間、一日、一時間単位の綿密なスケジュールを組んだ。

 結果、これは大成功を収めた。ゲームの中でのキャラクターが成功した(大金持ちになった)のはもちろんだが、なんとワシの実生活が良くなってきたのである。
 規則正しい早寝早起き・最低6時間の睡眠・きちんとした3度の食事・そして計画をたててそれを遂行し、自分を律する精神力。これらによって、今までは病院のお世話になりまくっていたのが、体調が良くなるに従い慢性疼痛も和らぎ、まともな身体で仕事にきちんと行けるようになった。規則正しいつつましやかな食事で、体重も減って安定した。さらには実生活での表計算スキルが向上するというおまけまでついた。

 つい先日、同じゲームの仲間と集まったのだが「このゲームで生活が崩壊する人は多いけど、これやって生活が良くなったのって、あんただけだよ」と、大笑いされた。
 もうあとはこのゲームを続けて、ますますの行動力と忍耐力と自制心を身につけ、実生活でも出世してお金持ちになるしかないだろう。うーん、堂々とゲームにはまるには、素晴らしい言い訳である。どうです、あなたもオンラインゲームで素敵な生活を送ってみせんか?ぜひご一緒に!


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ラーメンは大人の味


 中学生になるぐらいまでだろうか。ワシはラーメン屋に行くのが、あまり好きではなかった。なにゆえか。今でもそのころの自分の泣き言を思い出す。
「だって、食べても食べても増えるんだもん」
 お店のラーメンは、カップラーメンに比べたら量が多い。大食いではない上に食べるのが比較的遅いワシの場合、食べているうちに麺がどんどん伸びていくから食べても食べても増えるように見えたのであった。トラウマというには大袈裟だが、ラーメン屋=「苦しい」という図式は、今でも消えてはいない。

 そんなワシが18〜9になった頃か、お店のラーメンを食べきれるようになった時、思った。
「俺も大人になったもんだな」
 そんなんで大人になってもしょうがないのだが。一応、自分なりの成人を迎えた瞬間であった。

 それから、ワシはいわゆる「行列のできるラーメン屋」というものに入った事がない。地元にはうまいラーメン屋がまるでなかったし、上京しても住みかは“食の不毛地帯”「国分寺」。そんな店は存在していなかった。電車でちょっと移動すれば、荻窪だのなんだの名所はあるわけだが、根が出不精なもので、未だにそういう店の味は知らない。
 幼い頃の苦しい思い出にくわえて、大人になってからも美味いラーメン屋を知らずに生きているという経験不足。おまけに出不精。そんなこんなで、ワシはカップラーメンの方が店のラーメンよりもずっとずっと好きである。

 実は職場の近くに、昼になると長い行列のできるラーメン屋があるのだが、並ぶのが億劫で入る気がしない。だが、もしもその店に入って、本当にうまい(と思われる)ラーメンを食べたなら、ワシの価値観は変わるだろうか。テレビなどで、「1年に何百杯もラーメンを食べます」みたいなラーメンマニアが出てきたりするが、ああいう人の気持ちがわかるのだろうか。大変に興味がある。でも、興味があるだけで行動に移せないのが情けないのだが。

 とりあえず東京都内。できれば中央線沿線。できれば新宿以西、八王子以東(わがままだな)で、うまいお店があったら是非教えていただきたい。ワシもそろそろ、大人になりたいと思っておりますので。よろしゅうに。


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掃除機こわい


 掃除機をかけるのは、どうも好かない。というか嫌いだ。それはてっきり、めんどくさいからだとばかり思っていたのだが、この度、自分なりの本当の理由がわかった。

 今日のこと。職場で仕事中、隣の部屋がやけにうるさかった。コピー機のメンテナンスをしているらしく、午後いっぱい掃除機をかけ続けていた。
 …なにかこう、落ち着かない。落ち着かない上に、なんだかイライラして腹が立ってくる。たかが掃除機なのに。ワシはその自分の感情が、どうにも不思議に思えた。これは、何か原因があるのではなかろうか。

 そこで、しばらく仕事の手を休めて考えてみた。昔、掃除機にまつわる嫌な思い出とかなかっただろうか。…そんな、掃除機で嫌な思いなんて、そうそうあるものか。

 それが、あったのだ。
 あれは小学校高学年のことだ。ワシは初めて手にしたパソコンで、毎日のように遊んでいた。パソコンの黎明期でもあり、それ系の雑誌には毎号、一般読者の投稿プログラムが掲載されていた。それらを打ち込んで動かしたり研究したりするのが、ワシのなによりの楽しみであった。これだけ聞いたら別になんてことない話なのだが、ある日、悲劇は起こった。

 「掃除しなさい」と母親に言われ、しぶしぶ部屋に掃除機をかけるワシ。すると、なにかの拍子に、プログラムをセーブしてあったカセットテープのテープ部分が、掃除機に吸い込まれてしまったのだ。
 80年代初頭、フロッピーディスクドライブなんてものはまだ高級品で、とても小学生の分際で買える代物ではなかった。仮に手に入ったとしても、今はもう見る事のない5.25インチフロッピーの時代である。ワシがパニックに陥るよりも早く、テープはものすごい勢いで掃除機の中へあっという間に吸い込まれ、慌ててスイッチを切るも、もはや手遅れだった。何時間、下手すると十数時間もかけて打ち込んだプログラムは当然パーになり、幼いワシは相当に落ち込んだ。

 約20年の時を経て、ワシはこの事実にようやく気付いた。そりゃあ道理で落ち着かず、腹が立つわけだ。最近、昔話ばかり書いている気がするが、いろいろと自分の過去を探ると意外な事実が見つかるものである。実際、この話を思い出した時は、辛い過去ながら笑ってしまった。
 これからは掃除機、もうちょっとかけてみようかと思う。理由がわかったのだから、もう腹も立つまい。でも、またしても変な物、すごーく大事なものだけは何があっても吸い込まないように気を付けないと。あんな思い、もう懲り懲りだ。いやマジで、掃除機こわいですってば…。


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サクサク・ベースボール


 ワールドカップが熱い。右を向いても左を見ても、サッカー一色である。ワシはたまに競技場へ足を運ぶぐらいの、それなりのファンである。で、サッカーを見慣れてしまうと感じるのが、プロ野球のテンポの悪さだ。サッカーは審判の笛が吹かれたとき以外、ずっと試合が流れているのに対し、野球では投手が一球投げるたびに間が空く。これがどうも退屈なのである。コミッショナーの話し合いで、試合時間の短縮をすすめようという動きもあるようだが、それでもやっぱり、さくさくという感じにはなっていない。

 そこで、ある事を思い出した。「早回りのゴルフ」である。ゴルフのトライアスロンのようなものがあるのだ。ティーグラウンドから一打目を打ったら即座に走り出し、二打目、三打目と大急ぎで続け、カップに入ったら次のホールへまた走り出す。そして全ホールを回ったスコアと、時間の短さを競うのである。テレビで見慣れたゴルフからすれば大笑いな競技だが、これもゴルフの一つのあり方だと思う。

 同じ事を、野球でやってみたい。

 ピッチャーとバッターの駆け引きなんてものはいらない。細かいサインの交換もいらない。ピッチャーは投球練習よりも速く投げろ。バッターは見逃し禁止。全球振りにいけ。ネクストバッターは3人、4人と並んで待ち、前の打者が打ったら即打席に入れ。チェンジは迅速に、盗塁よりも速く全力疾走。
 これをやったら、遅くとも1試合30分ぐらいで終わるのではないだろうか。「野球の醍醐味がない」というあなた。これからの時代、何事もスピードだ。野球の新時代を切り開くのだ。

 考えたら、これをやるメリットは他にもあるのに気づいた。1試合30分なら、同一競技場で1度に2試合、3試合できるのだ。尤もそんなゲーム、やらされる方はたまったもんじゃないだろうがな。
 ワシは勝手に、これを「ハイスピード・ベースボール」と名付ける。いつかこの新競技がプロ化され、子供達の憧れになるのを夢見ようではないか。もっとも、やる人がいたらの話なのですがね……。いかがなもんでしょうか。


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物欲まるごとハウマッチ


 「限定○○個」とか、「本日最終日」などのふれこみには、めっぽう弱い。5月31日、ドリームジャンボ発売の最終日、結局、買っちゃったんである。今回は初めて連番で買った。もちろん1等、3億円狙いだ。本気だぞ。

 でだ。宝くじの楽しいところなのだが、買ってから抽選日までの妄想である。もし当たったらあれを買おう、これを買おう、あんなことやこんなことをしよう、とか。ワシもそれが好きで宝くじを買うのだが、今回、限りなく実現性の低い計画をたててみた。1等が当たったら、自分が今欲しい物をすべて買うというつもりで、表計算ソフトに片っ端から品物を列挙していった。
 まず、大きなプラズマワイドテレビ、Mac用の巨大液晶モニタ、それからサラウンドのアンプとスピーカー、欲しいDVDとCD全部、えーと、ギターも新しいの欲しいなあ、エアコンも静かなのがいい……とかなんとか、妄想に妄想を重ね、40品ばかしリストアップした。

 表計算ソフトが、自動的に合計金額を算出した。……約450万円だった。驚いた。自分の物欲って、そんなもんだったのか(いえ、「そんなもん」って、もちろん凄い金額ですが)。金に糸目をつけない前提でも、それしか行かないのか。ちなみに、家を買うとか、引っ越すとかいうのは省いて考えたのだが、やっぱり根が小市民にできているのだろう。1個あたり100万円を越えるような品物は、到底思い浮かばなかった。
 オーディオマニアであれば1本100万円のスピーカーとか、時計のコレクターだったら何百万円みたいな物を考えるのかも知れないが、ワシの場合、そういう趣味は持ち合わせておらんので、450万という金額で収まってしまうのだろう。

 友人の一人に、「もし1億当たっても、一週間で使い切る自信がある」と豪語する男がいる。周りからは「物欲王」と呼ばれている人物なのだが、やはりそういう人間とワシとは、全然違う生き物なのだろう。1億当たったら、まず回ってない寿司を腹一杯食べてとか考えてしまう時点で既に、ワシは気弱な小市民である。

 これを読んでいる、そこのあなた。あなたの物欲、おいくらですか? 100万? 1,000万? 1億? それとも、もっと?
 ちなみに、決戦(抽選日)は6月11日。がんばれ自分! レッツ・ゲット・3億!


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その差、250円


 朝食と夕食を質素にと心がけているワシにとって、昼ご飯だけは唯一の楽しみだ。当然、なるべく安く、おいしい物が食べたいと思っている。幸いにもワシの職場の近くには食べ物屋が多く、選択肢には困らない。ところが、一つだけ悩みがあるのだ。

 職場近くで食べられるものを、安い順にならべると、こんな感じだ。
・立ち食いそば屋の天ぷら卵そば 430円
・牛丼屋のサラダセット 480円
・ファストフードのハンバーガーセット 525円
・ラーメン屋の安いもの 600円〜
・韓国系のクッパ、ピビンパなどの定食屋 700円〜850円
・一般的な定食屋 750円〜850円

 これより高いものはさすがに気が引けるのだが、だいたいこの中から適当にチョイスするのだ。で、肝心の悩みというのは、
 なるべく安く上げたい→500円程度のものを食べる→たまに奮発して700〜850円のものを食べる→気を引き締めて500円程度のものに戻る、という繰り返しで毎日が成り立っているわけだが、この750〜850円のものから500円程度のものに戻そうにも、一度舌が肥えてしまうと、戻るのが難しいのだ。

 たかが250円ほどの差ではあるが、毎日のことだけに切実である。いくら倹約を心がけて財布の紐を締めても、12時になって職場を出ると、自然と足が700〜850円コースに向かってしまうのである。一日250円だと、1ヶ月で約5,000円の違い。でも、その5,000円をケチって心が貧しくなるのも、それはそれで悲しい。大変な悩みどころである。

 そんな悩みも、明日抽選のドリームジャンボさえ当たってくれれば、一発で解消されるのだが。そんなうまい話は、……やっぱ、ないだろうな。


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