世にもビミョーな物語 2頁 No. 011〜020

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  1. 円周率を覚えてみよう 2000/07/08
  2. 走れ!ホイコーロー 2000/07/18
  3. ゴールデンタイムの惨劇 2000/07/31
  4. 怪談の季節ですね 2000/08/07
  5. 留守番電話を考える 2000/08/15
  6. もしも一億円あったら 2000/08/26
  7. 悲しきソニー信者 2000/09/06
  8. 教則ビデオで笑え! 2000/09/13
  9. ケーブル青天井 2000/09/24
  10. いがらしさーん。 2000/10/01

円周率を覚えてみよう


 テレビや新聞の報道で皆様ももうご存じかとは思うが、小学校の算数において、円周率が3.14から「約3」になるそうだ。これについては各方面から様々な意見が出されている。ワシとしては異議を唱えようとかは全く思わないが、個人的には円周率に対する思い入れもそこそこあったりするので、本日このようにして語っている次第である。

 ワシは幼い頃からこの手の呪文のようなものを覚える事が好きだった。今現在でも円周率は小数点以下50〜60桁ばかし、そらで言える。別になんの自慢にもならないが。

 さて、本題。世間が円周率を簡単な方向へと持っていこうとしている今だからこそ、逆に円周率を覚えてみようではないか。まあ、そんなに難しく考えなくともよい。例えば、2の平方根「ひとよひとよにひとみごろ」や、3の平方根「ひとなみにおごれや」ならポピュラーなので覚えている人も多いだろう。要するに語呂合わせで、それが長くなっただけの物だ。

 覚え方は、以下の通り。

・産医師、異国に向かい
 (さんいし いこくにむかい=3.14159265)
・産後厄無く
 (さんご やくなく=358979)
・産に産婆 四郎次郎死産
 (さんにさんば しろうじろう しざん=3238462643)
・産婆産に泣く
 (さんば さんになく=383279)
・御礼には早よ行くな
 (おれいには はよいくな=502884197)

 いかがだろうか。もうこれで小数点以下39桁だ。ワシがその昔読んだ本では、ここまでしか書かれていなかった。文章が文章だけに、かなり古くに作られた(江戸時代とかだろうか)語呂合わせとも思えるし、当時としてはこれが最大級のものだったのかも知れない。ちなみに、文献によっては「産後厄無く/産後薬無く」と、表記に違いがあるが、どちらでも覚えやすい方で構わない。

 当然の事ながら、これを覚えていたとしても入社試験には何の役にも立たないし、結婚式のスピーチなんてやったら場がシラけるだけであるので注意されたし…って、そんな方はいないと思うが。脳味噌を活性化させるクスリだと思って、この際覚えてみてはいかがだろうか。


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走れ!ホイコーロー


 ネットワーク用語の中に「オフ」という言葉がある。要するにネット上ではなくて、実際に会って交流を深める事が「オフ」なのであるが、ワシの属する@nifty(の中の某所)でも、様々なオフが催されている。
 「洋カラオフ」というのもワシが好きなもののひとつである。目的は、カラオケ屋でただひたすらに洋楽…というか、歌詞が日本語以外の歌ならなんでも可、を歌うこと。それだけなのだが、なかなかに奥が深くて楽しいものだ。

 ひとしきりカラオケを楽しんだ後に、たいてい飲み会がある。これもまた楽しい。ある日のオフ、飲み会の席でワシを含む面々は「こんなオフがあったら楽しいのではないか」という想像をしていた。そして、どうせ開くなら普通では体験できないものがいい、という話になった。普通では体験できないもの…何だろう。というわけで、ある人から提案されたものが「裁判所オフ」であった。

 大きな裁判があると、「勝訴!!」という紙を持った人が全力疾走してくる。あれを体験してみたいというわけだ。だが、裁判ってそんな簡単に出来るものなのだろうか。考えてみたら、刑事裁判じゃあシャレにならんという事になった。そりゃそうだ。でも民事なら結構簡単に起こせるし、誰かが服役するということもない。その手があったか。
 で、勝訴が確定したら各々が「勝訴!!」と書かれた紙を持って、全力疾走するのである。これは、多分楽しい。

 しかし夢は膨らむ。なにも紙に書くのは「勝訴!!」でなくてもよいのではないか。ある一人が言った。「“回鍋肉(ホイコーロー)”とかどう?」これには一同がバカ受けした。裁判所から大きな字で「回鍋肉!!」と書かれた紙を持ち、全力疾走。これも、多分楽しい。きっとあまりの非日常に、報道陣なんかも来てしまうのではないか? などと、くだらぬ想像をしてその場は盛り上がった。

 ああ、一度やってみたい。「回鍋肉!!」で全力疾走。誰か実際にやってみてはくれないだろうか。現実のものとなった日には、絶対にワシは見に行くという事を付け加えておこう。


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ゴールデンタイムの惨劇


注意:今回のコラムは、かなりグロテスクな表現が含まれております。特に、食事前の方はお読みにならないほうが賢明です。

 2000年7月20日、木曜日。この夜、衝撃的な映像がフジテレビで流された。「動物王国30年企画 ムツゴロウとゆかいな仲間たち『大アマゾンびっくり動物大探検』」である。

 この番組は、同局でもう長いこと放映されている、ちょっとした名物番組だ。いつも愛くるしい動物たちと、ムツゴロウこと畑正憲さんの心のふれあいを我々に提供してくれる、ハートウォーミングな番組…の、はずであった。かつては。だが、今回の内容はいつもと違っていた。少し前から流れていた番組の予告編では「人を食う恐怖のナマズと急接近」「1.5メートルのミミズ」等々、なんだかヤバそうな雰囲気がプンプンと漂っていた。

 その晩、夕食を外で済ませて帰ってきたワシは、やはり気になっていたのでテレビをつけた。すると、いきなりとんでもない映像がワシの目に飛び込んできた。「いましたねぇ〜」。ムツゴロウさんが手で土を掘り返し見つけたのは、赤紫色にぬらぬらと光る大きなミミズであった。
「いや、これは大きいですねぇ〜」。何のためらいもなく、氏はミミズを引っ張り上げる。その長さたるや、氏の背丈ほどもあろうかという本当の巨大ミミズであった。

 それだけではない。なんと、ムツゴロウさんはこのミミズを食べようと言い出したのだ。地元のレストランの厨房を借り、包丁でそれなりの形にしたミミズをハーブと一緒にオリーブオイルで炒め、ライスに載せ、氏はぱくぱくと食べる。「ちょっと硬いですねぇ〜。でもなかなかおいしいですねぇ〜」。レストランの従業員一同、苦笑い。

 このシーンが流されたのは、7時45分から8時にかけてのこと。もしこれを一家団らんで見ていたら、それは惨劇以外の何ものでもなかろう。それこそ、スパゲッティ・ナポリタンなんて食べていたら…。うぅ、想像したくない。
 一応書いておくと、同じミミズでも食用の物はある。丸めて揚げたりした物を、素材が何なのか全く知らされずに食べると、鶏のササミのような食感で、そこそこ美味しいらしい。これもテレビで観たが、ワシは遠慮しておく。

 番組の最後には、ムツゴロウさんがオリの中のライオンに右手中指の第一関節から先を食いちぎられるという、これまたショッキングな映像も流された。この番組のタイトルは「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」のはずなのだが…。それなのに、仲間になった動物を食ったり、食われたり

「ゆかい」どころか「ムツゴロウと不愉快な仲間たち」とでも形容したくなる内容に、ワシはテレビの前で呆然とするしかなかった。

 後日。某週刊誌の中で、氏は動物と同じぐらい大好きな麻雀の事を語っていた。右手が使えないから、仕方なく左手で麻雀を打っているのだという。「それがですね、左手にしてから調子が良くて、5連勝したんですねぇ〜」…って、喜んでいる場合なのか。この人、何かが……何かが…根本的に間違っている気がしてならないのだが……。番組がうち切りにならない事を祈りたい。


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怪談の季節ですね


 今年も早いもので、気がつけばもう8月だ。夏と言えばスイカだったり花火だったりすると思うが、ワシにとって夏とは、待ちに待った恋の…もとい、“怪談の季節”なのである。この5月〜6月にかけてワシは、古本屋で怖い系の本をまとめ買いして、通勤時に読んでいた。

 怪談のパターンは様々あるが、そのほとんどが「見えるはずのないものが見えた」「あるべきものが消えた」みたいなものが基本である。あとは、それらに少し毛が生えたり、人から人へ伝わる間に脚色されたりで、最後まで聞かなくとも「その話、知ってる。最後、その@@が##するんでしょ」という物は多い。

 だが、その中で「これは!」と思った怪談が一つだけあったので、ご紹介する。怖い話が苦手な方は読まない方がいいと思うので、念のため。

 登山歴十年以上という、四人のパーティが雪山へ登った。ところが、いつもとは違うルートであったため、帰りに道を誤り遭難してしまう。運の悪いことに無線機の電池も切れ、救助隊との連絡も途絶える。

 どうにか山小屋を見つけることができたが、食料は尽きてしまい、暖をとるものも何ひとつない。ライターのガスまで切れてしまい、明かりもないままに四人は夜を迎える。気温は零下30度。いわゆる「寝たら死ぬぞ!」状態である。時が経つにつれ、睡魔が襲ってくる。このままでは全員が死んでしまう。

 すると一人が、あるアイデアを思いつく。四人が四角い部屋の四隅に陣取り、一人目が、次の角にいる二人目のところまで走って行って、肩を叩く。次に二人目が、次の角まで走って行って、肩を叩く。

 以下同じように三人目が四人目を、四人目が一人目を…という風に繰り返せば、絶対に寝てしまう事はない。おまけに走る事で身体も暖まる。もう手段はこれしかない、というわけで、四人は果てのない作業を始める(※この時点でオチが解った方、鋭いです)。

 ……もう何百回・何千回、この作業を繰り返しただろう。次第に窓の外が白んできた。「助かった!」 四人は抱き合って喜んだ。山小屋の外に出てみると、ちょうど救助隊が助けに来てくれている。

 救助隊が四人に尋ねる。あんな状況の中でどうやって夜をしのいだのか。四人は今まで自分たちがやっていた事を話す。救助隊の一同も、それは名案だとうなずく。だが、同行の医師だけは冷静な頭で言った。

「君たちの話はおかしい。一人目が二人目、二人目が三人目、三人目が四人目、まではいい。が、四人目が一人目のところへ行った時、一人目は『最初に二人目が居た位置』にいるから、この作業は四人では絶対に出来ないものだ」と。

 このパーティは一晩中、「もう一人の誰か」と延々、山小屋の中を走り回っていたのだ。

 この話を読んで、ワシは不意打ちのような衝撃を覚えた。それこそ、一本とられましたという感じである。これは珍しい“理数系の怪談”だと思う。単純に「無いはずの物が出た」だの「ある物が消えた」という物とは別次元にある、まことに優れた話だ。
 朝の電車でこの話を読んでいたワシは、久々に感じる恐怖で「うひゃ〜」とか思いながら、作者に拍手を送った。でも、こういう話に限って実話だったりするから、怖いんだよなあ……。


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留守番電話を考える


 普通、人の家に電話をして留守だと、「ただいま留守にしております。お名前とご用件をお話し下さい」などとメッセージが流れる。でも、せっかく電話してきてくれたのだから、そこで楽しませてみるのもよいのではなかろうか?と、ワシは思う。
 ワシの長年の友人である、佐藤(=仮名)という男が、一時期面白い留守電メッセージを使っていた。彼がF1にハマっていた92年頃の事だ。

 まず、トゥルルルル………と、呼び出し音が流れ、留守電モードに入る。すると、ブオンブオーン〜というF1のエキゾースト・ノートが聞こえる。ここまでなら「車マニアなのかな?」と思う程度のものだ。が、彼の場合はその先が凄い。
 「はい、佐藤です。ただいまモナコです。お名前とご用件をどうぞ」

 人間、予想だにしない事をいきなり言われると、わけがわからなくなるものだ。このメッセージを聞いたワシは、あまりのおかしさで用件を伝えるどころではなかった。

 変な話だが、ワシは彼から留守電メッセージの制作を頼まれた事もある。「関西G1のテーマ(競馬のファンファーレ)を、15秒以内で作ってくれ」とか。その際彼は、わざわざ競馬中継を録画したビデオを持ってきて「この曲をコピーして、シンセで打ち込んで欲しい」と言ってきた。

 ワシは言われた通りに曲をコピーして、編集してきっかり15秒(留守電の応答メッセージが最大15秒だったので)に収めて彼に渡した。
 後日、彼の家に電話すると、ワシが打ち込んだG1のテーマが流れ、「留守です」とも何とも言わずに発信音が聞こえ、録音モードに入った。彼の事をよく知らない人間が電話してしまったら、何と思うのだろうか。

 ワシも無い知恵をふりしぼって考えたのだが、お国言葉で応答メッセージを吹き込むというのはどうだろう。

 例えば新潟出身のワシなら、
「やんや、電話もろたがにわーりどもや、今いねーんさ。後で電話するっけ、おめさんの名前と電話番号ゆーてくんなせや」といった感じか。でも新潟あたりならまだしも、(どことは言わないけど)すごい地方なんかだと、聞いた人間が理解できるかどうか怪しい気はするが。

 しかし、こんなアホな事を考えていていいのか、ワシ。●8歳の誕生日も近いというのに。ああ、暑い夏だ。


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もしも一億円あったら


 「もし一億円あったら、どうしようか?」という空想は、誰でもしたことがあろう。家を買うとか、一生遊んで暮らすとか…。若き日のワシにも大きな夢があった。「シンクラヴィアを買うこと」、これがワシの夢だった。

 シンクラヴィアとは、簡単に言えば、シンセサイザーの化け物である。“シンセサイザー”という表現は適当ではないかも知れん。シンクラヴィアは、それ一台で音作り(シンセサイズ)から打ち込み、レコーディング、ノンリニアのデジタル編集まで完結できる「究極の楽器」だった。

 「だった」と過去形になっているのは、シンクラヴィアは今現在、生産も販売もされていないはずだからだ。シンクラヴィアは1980年代に開発され、一部のミュージシャンから絶大なる信頼を受けていたマシンである。で、最初に「一億円あったら」と書いたが、シンクラヴィアは、フルオプションで購入すると、本当に一億円したのだ。誇張ではない。

 参考までに、どのようなスペックであったかを紹介する。
・CPU 不明
・RAM 96MB(当時としては物凄い量)
・HDD 2GB(拡張は可能だったらしい)
・I/O等のインターフェイス 不明

 こんな感じだったと思う。なんせ、サーチで調べようにも、肝心のデータがほとんど見つからないのだ。
 2000年の現在。このスペックで、かつ、レコーディングとデジタル編集が行える環境を再現してみると、30万円でお釣りが返ってくるだろう。時代とは恐ろしいものだ。

 とにかく、一億円もする究極の楽器。日本でもそれほど売れたものではなかった。噂によれば、日本で最初に購入したのは加山雄三だったとか。かの小室哲哉も、最初は知り合いのマニュピレータのものを使っていたらしい。自分のために購入するのではなく、とりあえず買っておいてレンタルで儲ける、という話もどこかで聞いた。まるで不動産だ。

 しかし究極の楽器も、商業的には成功しなかった。開発・販売していたメーカー(名称失念)が、'90年過ぎに倒産してしまったのだ。値段が法外だったからかも知れないが。その後、ユーザーズグループがサポートを引き継いだあたりまではワシも知っているのだが、今日現在、シンクラヴィアがどこでどうなっているのか、さっぱり解らない。

 皆様がお持ちのCDの中で、'80年代後半に洋楽のヒットチャートに上ったものがあるとすれば、そこにシンクラヴィアが使われていた可能性は高い。MADONNA、WHAM!、Tears for Fears等々、いずれも制作過程においてシンクラヴィアが使われている。楽器としての使命は終えたシンクラヴィアであるが、そのサウンドは我々の耳と心に、永遠に残るものであろう。

 楽器もコンピュータも、時代と共にどんどん安く、高性能になってゆく。だが、一億円出してでも…という夢を見させてくれるものは、そうそうない。また、あんな無謀な夢が見たいものだ。


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悲しきソニー信者


 世の中には、電化製品を特定のブランドで揃えてしまう人間が存在する。タイトルにも書いたように、「ソニー信者」の事だ。何を隠そう、ワシもその一人なのだが。
 ソニーだけでなく、ケンウッドというブランドも熱狂的な信者がいる事で有名だ。だがしかし、アイワだとかシャープ、サンヨーの製品を買い集めるという人の話はあまり聞かない。これらの差は、一体なんなのだろうか。

 ソニーやケンウッドには“家電の色”が無いのだ。それが証拠に、ソニー製の冷蔵庫や洗濯機は売られていない。ケンウッドもまた然りだ。例えば「ソニー製の炊飯器」というものを想像して頂きたい。きっと素晴らしい音色で、炊きあがりを知らせてくれる事だろう(そんな訳はないって)。

 ワシの昔の友人が、熱烈なケンウッド信者だった。友人はいつも嘆いていた。「どうしてケンウッドはテレビを出してくれないんだ?」と。ケンウッドはテレビさえも作っていない、純粋な“オーディオメーカー”である。

 ところがソニー製品は、よく壊れる事でも有名らしい。事実、ワシがソニー製品を使っていて壊れたものは多い。コードレス電話、ビデオデッキ、最近ではLDプレイヤーの調子が悪い。そういえばこの間はMDウォークマンのリモコン部分がバカになった。まさか、すぐに壊れるように作っていて、新たなる需要を…などというわけではないだろうが。

 それから、“だまされた”と書いたらソニーさんからクレームがつけられそうだが、“失敗した”という買い物は結構あったりする。巷で流行の、ネックバンド型のヘッドフォンの事だ。

 “ネックバンド”というのは、ヘッドフォンを頭のてっぺんではなくて首の後ろから回して固定するタイプのものである。街や電車などでよく見かけると思う。ところがこれを買ってみたところ、ものすごく音が外部に漏れるのに気が付いた。ウォーキングやジョギングの際ならともかく、電車の中などで下手な曲を聴いていたら、とても恥ずかしい事になってしまう。それぐらい音漏れが激しい。

 ところが、そういった失敗に懲りないのがソニー信者の信者たる所以(ゆえん)だ。先日も、それまで使っていたオーディオテクニカのヘッドフォンが壊れたため、ディスカウントショップへ買い物に出かけた。

 ウォークマンのコーナーを見ていると、ソニー製の新しいヘッドフォンが目にとまった。表示を見ると“ネックバンド”とある。気になったので店員さんに「これってネックバンドですけど、音漏れは大丈夫なんですか」と聞いてみた。すると「これは密閉式なので、全然音は漏れたりしませんよ」と答えたので、ワシは安心してレジへ向かった。

 実際に使ってみたところ、確かに音漏れはしなかった。…が、そのヘッドフォンには大きな問題があった。後ろから回し、耳にひっかけてご使用下さいと書いてあったのでその通りにしたのだが、ヘッドフォンがその自重ですぐにずり落ちてくるのだ。無理矢理耳にかけると、今度は耳が引っぱられて痛くなる。おまけに低音があまり出ない。…明らかに失敗だった。

 だが、きっと次に買い物をする時も、ワシはソニーを選んでしまうだろう。それがソニー信者の悲しい性(さが)なのだ。先ほどは冗談で書いたが、もしもソニーが本当に炊飯器を売り出したら、ワシはきっと買いに行く。サンヨーや東芝より高かろうが構わない。それがソニー信者の「おつとめ」なのだから。(〜以下、「悲しきMac信者」に続く…かも)


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教則ビデオで笑え!


 教則ビデオと言ったら、皆様は何を思い出されるであろうか。やはりゴルフや囲碁など、趣味に関するものがポピュラーだろう。で、教則と言うからには、そのビデオを見て技術や知識を習得できるものでなければならないわけだが、ことエレキギターの世界は違う。

 エレキギター(以下、ギター)における教則ビデオの位置づけとは、単刀直入に言えば“ひけらかしの世界”なのである。特に外人ハードロック系ギタリストの教則ビデオは、人によって捉え方は違うだろうが、自己満足じゃないの? と言いたくなる物が多い。

 ワシもかつては音楽系の専門学校に通っておったので、楽器オタクな友人から教則ビデオを借りては見ていたのだが、これがまた、からっきし役に立たないものばかりであった。その中でも、クリス・インペリテリという速弾きの達人(超人と呼ぶべきかも)のビデオが最高に笑えた。…と書いても、なんでギターの練習で笑えるのか理解できないだろう。雰囲気を感じとって頂けるかどうか解らないが、練習は以下のような感じで進む。

「どうだい? ここまでのフレーズは弾けるようになったかい? この指の動きをしっかりと頭に叩き込むんだ」(こういう独特なノリの字幕スーパーが入るのがお約束)

「じゃあ、次はスウィープ・ピッキングの練習だ。まず、このフレーズを、ゆっくり弾きます」

「次に、このフレーズを、速く弾きます」

 おいおい。弾けねぇよ! ワシは思わず、画面に向かってツッコミを入れた。…ところが、インペリテリの教則ビデオは、全編この調子で進むのだ。
 同様に、以下のような練習も出てくる。

「このフレーズを、ゆっくり弾きます」

「じゃあ、だんだん速くするよ」

 だーかーらー、それが一朝一夕に出来たら苦労はないっつーの。何のための教則ビデオなのやら。でも、インペリテリはいたって真面目顔。スピードが上がっていくにつれ、インペリテリの左右の手・左右の指は止まって見えるから怖い。

 クリス・インペリテリも勿論だが、ポール・ギルバート(元 MR.BIG)や、イングヴェイ・マルムスティーンあたりの教則ビデオも面白いのでお勧めだ。もう、見終わったらお腹一杯、ゲップが出ること請け合いである。これらの教則ビデオは、大きめの楽器店などで3〜4千円あたりから入手できる。ほんと、ワシにだまされたと思って見て頂きたい。下手なお笑いビデオより笑えると思うので。


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ケーブル青天井


 「ベルデン」、「カナレ」、「モンスター」…と聞いてピンと来る人は、きっとオーディオ好きか、もしくは楽器を演奏される方だろう。これらはみな、音楽用ケーブルを作っているメーカーなのだ(注:スピーカー用の「ケーブル」と、楽器の世界での「シールド」は構造上別物だが、説明すると長くなるので、本コラムでは同一のものとして語る)。

 大きな電気屋さんやオーディオショップに行くと、スピーカーケーブルが巨大な糸巻き状になって売られている。1メートルあたり、安いもので数百円、高いものだと数千円する。ピンキリだ。ワシも自分の家のコンポでは、切り売りのケーブルを使っているが、それでも1メートルあたり800円程度のものだ。

 が、上の上のさらに上を見ると、とんでもない世界が待ち受けている。
 ワシが今まで見た中で、一番高いケーブルは、RCAピンジャック(よくある赤白のやつ)のステレオ50cm、145,000円だ。
 ………大丈夫。あなたの目の錯覚ではない。「十四万五千円」なのだ。当然、これは業務用。一流音楽スタジオの配線や、「超」がつくようなオーディオマニアが使うものである。

 特に、モンスターケーブル社のパンフレットは興味深い。このブランド、とんでもない耐久性が自慢なのだが、それを証明するのにやたらと強引な方法を使っている。20kgはあろうかというダンベルが、モンスターケーブル社のケーブルで縛られ、つり下げられている写真が一面を飾っているのだ。

 なにも、そこまでせんでも…という気がするが、たしかにそこまで見せられたら、多少高くても納得してしまう。プロでもアマでも音を扱う人間にとっては“切れたら最後”なのである。

 で、結局いくらぐらいのものを使えばよいのか?という疑問がわいてくるわけだが。それは、ワシにもわからん。つまるところ、使っている本人が満足すれば、それでOKなのだと思う。最低限、多少の事では断線しなくて音質が劣化しなれば、何も問題はないのだ。

 ワシの経験で語るが、メートルあたり5,000円を超えてしまったら、あとはどれを使っても一緒な気がする。それより高いものは、安心感だとか満足感を買っているのだと思う。

 プロのギタリストなどでも、ケーブル(楽器の世界では「シールド」。厳密に言うと違う)にこだわる人間は当然多い。が、それでもメートル10,000円などというケーブルをライブなどで使っている人は、まずいない。物には限度がある。
 ※それ以前の問題として、高価なケーブルは太くて頑丈な物があり、ギターに差しているだけで重かったりする。

 考えたら、145,000円などというケーブルを買ったとすると、きっとオーディオコンポの方が安くなってしまう気がする。なんだか不条理な話だ。そこのあなた、そんなケーブルを買う勇気、ありますか? …え、ワシ?そんな金があったら、Macを買うに決まっておる。以上、ケーブル豆知識でした。チャンチャン。


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いがらしさーん。


 新潟県に行くと、五十嵐さんが沢山いる。県内での名字ランキングだと9位らしい。だが、ここでひとつポイント。新潟では“いがらしさん”とは呼ばない。八割ぐらいの確率で“いからしさん”なのである。「新潟市、五十嵐(いからし)」という地名もあるほどだ。

 イントネーションも違う。「いがらし」は「が」が上がるが、「いからし」では「い」だけが低くて、あとは全部上がる。これについては、いが研のトップページ → 向こう三軒両隣 → 五十嵐神社 を見ていただければ、いがらしといからしの謎が解ける。

 ワシが初めて東京に出て来て、人から「お名前は?」と聞かれ、「いからしです」と言ったら「どういう字を書くんですか?」と質問されてしまった。それまではずっと“五十嵐”は“いからし”でも通用すると思っていたからだ。それ以後、名を名乗る時には“いがらし”で通している。
 正直言うと、上京して十数年が経過した今でも「いがらしさん」と呼ばれるのには違和感を覚える。なんだか人ごとのような気がしてしまうのだ。病院などでも「いがらしさーん」と呼ばれて一瞬、戸惑う。

 しかし、その違和感のお陰で、このサイトは何とか続いている。そもそもワシにとって“いがらしさん”と呼ばれること自体、人ごとなのだ。極端な言い方をすれば、職場などで“いがらしさん”と言われるのも、ネット上や友人などに“いがりん”と呼ばれるのも、どちらも感覚は一緒。東京にいる限りにおいては、年がら年中ペンネームやハンドルで生きているようなものだ。
 だから、いがりん所長が書いているはず(?)のこのコラムも演技という意識はなくて、ごく自然な日常生活のほんの一部という感じである。

 念のため釘を刺しておくが、オンラインでもオフラインでも、ワシに会ったとき“いからしさん”とはぜぇ ったいに呼ばないように。地が出てしまうので。それこそ下の名前で呼ぶなんて言語道断…というのは嘘。ワシの生まれた街では“ひろし”のイントネーションも、東京あたりの“ひろし”とは違うのだ。真実は、お・し・え・な・い。それを知られるぐらいなら、まだ裸を見られた方がマシだ(じゃあ裸を見せろという意見は却下)。

 …いや、ほんと、マジお願いします。“いからし”って呼ばないで。“ひろし”もね。

おまけ:そんなひろし君(ワシ)が、よく親に連れて行ってもらった寿司屋の名は「宝ずし」。でもそこに梅さんは居なかった…。残念。


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